立川市の東証一部上場企業と言えば「いなげや」ですね!

いなげやの本社は立川市、今や130店舗以上!

 

創業はなんと明治。

立川駅前に鮮魚店として創業したそうです。

 

「三浦屋」や「ウェルパーク」もグループ店舗なんですよね(^^)

 

 

 

 

 

 

「いなげや」とは?

 

 

東京郊外、多摩地域にお住まいの方はご存じ、身近にある有名スーパーマーケットのいなげや。

株式会社いなげやは、東京都立川市に本社を置き、関東地方南部を中心に店舗を展開するスーパーマーケット大手チェーンです。

イオン株式会社と業務提携をしています。

東京多摩地域が主力ですが、埼玉や神奈川にも展開、関東地域を代表するスーパーになっています。

 

本社は立川市栄町にあります。

多摩都市モノレール「泉体育館駅」徒歩5分程のところです。

その他、立飛リアルエステート内には「立川 青果・生鮮センター」、武蔵村山市伊奈平には「武蔵村山 精肉・鮮魚センター」、昭島市拝島町には物流拠点「IKD昭島センター」があります。

 

 

 

 

 

 

いなげやの歴史

 

 

東京都稲城市の農家の子であった創業者「猿渡浪蔵」氏が立川駅前に移り住み、その周辺(府中、村山、東大和、国分寺)において大八車による塩干物の引き売りを始めたの最初です。

お客様のほとんどが農家だったこともあり、そうこうするうちに「今度は砥石を持ってきて」「鎌が欲しい」等々のご注文をいただくようになり扱い品も増えたそうです。

帰りの車には逆に農家から仕入れた採れたての野菜や産み立ての卵を持ち帰り、引き売りの合間に自宅の戸板に並べて販売するようになりました。

 

1900年(明治33年)立川の住居を店舗に改装して「稲毛屋魚店」として開業したことが、同社の始まりです。

「稲毛屋」の名前は、創業者の出生地一帯を鎌倉時代に統治していた、地方豪族の稲毛三郎重成にあやかりつけられたものです。

店は順調に発展しました。

塩干物から肉や缶詰、菓子、味噌、醤油、油などの加工食品のほか、野菜等も順次取り扱うようになり、昭和の初期には、当時としてはあまり例のなかった60坪余りの売場になり、文字通り多摩地区随一の繁盛店として店頭はいつも多くのお客様で賑わっていたそうです。

 

1956年(昭和31年)には、立川店にセルフサービス販売方式を採用。東京都多摩地域では最初のスーパーマーケットだったそうです。

1965年(昭和40年)頃には、スーパーマーケットチェーン展開し、次々に事業を拡大していきました。

 

 

 

 

 

 

いなげやグループ

 

 

いなげやは東京多摩地域でスーパーマーケット事業を順調に拡大し、様々な業態にも展開、各種グループ会社も増えています。

 

 

 

 

株式会社ウェルパーク

 

 

ご存じ、ウェルパークはドラッグストアチェーンです。

多くの場合、いなげや店舗に付随する形や、駐車場を共有する形で展開しています。

 

 

 

 

株式会社三浦屋

 

東京多摩地区を中心に展開する小売事業と、小学校や特別支援学校への給食食材販売事業を行なっています。

小売事業では「三浦屋」(Miuraya)を展開、「自然・健康・安心・美味」をお届けするこだわりのスーパーで、いなげやとは違うブランド展開をしています。

 

 

 

 

 

株式会社いなげやドリームファーム

 

いなげやドリームファームは、農産物の栽培生産を通じて農業経営を行なうことを目的とした会社です。

生産状況を開示することで、”直接生産による顔の見える商品作り”を行い、グループ店舗での販売によって地産地消を具現化しています。

 

 

 

 

株式会社サンフードジャパン

 

サンフードジャパンは、立川上砂工場で海産加工品を製造しています。

また、和日配商品(豆腐・油揚げ・蒟蒻・漬物等)と海産加工品の産地開発・商品開発を行っています。

 

 

 

 

 

株式会社サビアコーポレーション

 

 

いなげや施設管理に関する専門家集団として、設備保守・修繕管理・清掃・警備業務・保険代理店業務を事業化しています。

 

 

 

 

株式会社いなげやウィング

 

厚生労働省の認可を受けた特例子会社として、障がいを持つ従業員を専門に雇用し、店舗支援業務の請負、人事労務管理の請負などを行なう会社です。