カレーハウスCoCo壱番屋創業者、宗次徳二:お客様アンケートのハガキを設置する2つの理由とは?

カレーハウスCoCo壱番屋創業者、宗次徳二:お客様アンケートのハガキを設置する2つの理由とは?

お客様アンケートのハガキを設置する2つの理由とは?

宗次徳二/カレーハウスCoCo壱番屋創業者

 

 

お客様アンケートのハガキを郵送で回収するという方法を採っているのは、2つの理由があります。

ひとつは、お客様に本音で書いていただくため。

すぐそばに店員がいて、誰が何を書いたかがわかる状況では、お客様は正直な感想を書けないかもしれません。

もうひとつは、店舗スタッフの隠蔽を防ぐため。

自分の店舗にとって都合の悪いことが書かれていたら、そのアンケートハガキの存在を握りつぶしたくなるのが人情です。

店舗のスタッフにそうした葛藤をさせないでいいように、直接本部に戻ってくるよう、郵送という方法を採っています。

 

 

宗次徳二とは?

 

 

宗次徳二。

カレー専門店「カレーハウスCoCo壱番屋」を展開する株式会社壱番屋の創業者。

 

生後間もなく孤児院に預けられ、3歳の時に宗次家に養子に入る。

高校卒業後、八重洲開発で数年間実務を経験し、大和ハウス工業に移籍。

 

同社に3年在籍したのち、不動産仲介会社、CoCo壱番屋の前身となる「喫茶店バッカス」を開業。

その後、不動産仲介会社を閉め、カレーハウス事業に集中し同社を日本屈指のカレーチェーンに成長させた。

 

53歳で経営の第一線から退き、NPO法人イエロー・エンジェルを創設し、経営者育成や人材育成の活動を行っている。

 

 

厳選!宗次徳二の珠玉名言

 

 

私は3歳まで児童養護施設で育ち、その後、兵庫県の養父母に引き取られました。でも、父はギャンブルに明け暮れ、それに愛想を尽かした母は夜逃げ。それからは父と2人、廃嘘のような家を転々とし、まさに飲まず食わずの日々です。長いこと電気が引けず、夜はろうそくをつけて過ごしていました。あまりにお腹がすぐと、雑草をむしって食べたりね。父が食べられると教えてくれた、イタドリという草です。今でも年に1度だけ、口にするようにしています。

 

 

私がアイデアを、妻が調理に接客、資金調達などを担当していました。そもそも喫茶店を始めたのも、カレーの味も妻のお手柄です。だから、私はどうやったら1人でも多くのお客様に喜んでいただけるかを一生懸命に考える。最初からお互いの役割が明確だったんですよ。

 

 

大きな夢を持ってほしいけれど、それだけではなく、その夢につながる小さな目標の積み重ねを大事にしてほしい。

 

 

自分で創業した会社なのに、53歳で取締役すら外れた。その決断をいぶかる声をいまでも聞きます。私自身、数年前まで辞めるなんて微塵も考えたことがなかった。でも、日本一のカレーチェーンになり、2000年の株式公開を決めた時点で退任を決意しました。いつまでも健康でいられるわけでもないし、開かれた会社にしようと。

 

 

私もたくさん見誤りました。人は基本的には分からないものと実感しています。

 

 

創業のころから、ほかのカレー屋さんとは違うことをやっています。それは熱々のカレーを提供することです。ほかはたいてい、大鍋でカレーを温めて、そのままライスの上にかけます。しかしうちでは27人前の大鍋で70度から80度に保温しておき、お客様からオーダーが入ったら、一人前ずつ小鍋で再加熱し、温めます。沸騰させてしまうと、カレーの香りが飛んでしまうので、直前で小鍋を火からおろします。加えて、皿もウォーマーで温めておきます。私は喫茶店の店主から出発しました。喫茶店でコーヒーを出すときは必ずカップを温めます。それと同じ気持ちで、第一号店で、初めてカレーを出したときから、現在まで、皿を温めています。

 

 

社長の仕事とは何かといわれたら、利益を上げて社会貢献をすること、社員の給料を上げることです。それが何よりの社長の喜びであり幸せ。そのためには、毎期、増収増益すること。

 

 

私が、若いビジネスマンの方たちにアドバイスできることがふたつあります。どちらも即効性はありません。やり続けることが前提です。それは、「早起き」と「掃除」をすることです。朝早く起きて、自分の仕事場の周辺をなるべく広く掃除するのです。仕事場の中だけじゃダメです。そうやって汗を流していると、他人から姿勢を評価され、信用につながります。損得や打算を考えてはいけません。雨の日も用事のある日も休まずに掃除するのです。私は雨の日とか台風、それから体がだるい、熱っぽいという日こそ燃えました(笑)。よーし、今日はいつもより長い時間掃除をするぞと。

 

 

現場主義を貫けたことと後継者に恵まれたことが何よりうれしい。会長退任のお別れ会で、私は社員にそう話しました。その日まで店の制服を着て、腕まくりで働き、その精神を継いでくれる人間にバトンを渡せたからです。浜島俊哉社長は18歳からアルバイトとして壱番屋で働きはじめ、当社を隅々まで知っている。彼が我々夫婦を追い越してくれたのだから、安心して退任できました。

 

 

経営とは、継続して栄えること、つまり「継栄」。そのために、社長は全身全霊でみずからの人生をかけて経営をすべき。

 

 

 



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