私は、我が社のモットーとして「3つの喜び」を掲げている。
即ち3つの喜びとは
・造って喜び
・売って喜び
・買って喜ぶ
という3つである。
本田宗一郎
本田 宗一郎(ほんだ そういちろう、1906年(明治39年)11月17日 – 1991年(平成3年)8月5日)は、日本の実業家、技術者。
輸送用機器メーカー本田技研工業(通称:ホンダ)の創業者。
高等小学校卒業後、自動車修理工場のアート商会に丁稚奉公として入り、6年の勤務ののちのれん分けを受け、故郷の浜松で独立。
その後、本田技研工業株式会社を設立し二輪車の研究をスタートさせる。
1936年イギリスのマン島のオートバイレースで圧勝、世界にホンダの名をとどろかせた。
1937年自動車生産に参入、1964年より F1レースに参加、「ホンダ」の名を世界的に不動のものとした。
・苦しい時もある。夜眠れぬこともあるだろう。どうしても壁がつき破れなくて、俺はダメな人間だと劣等感にさいなまれるかもしれない。私自身、その繰り返しだった。
・人類の歴史の中で本当に強い人間などいない。いるのは弱さに甘んじている人間と、強くなろうと努力している人間だけだ。
・成功は99%の失敗に支えられた1%だ。
・創業当時、私が「世界的視野に立ってものを考えよう」と言ったら噴き出した奴がいた。
・需要があるからつくるのではない。我々が需要を創り出すのだ。
・技術者は哲学を持て。
・百のうち九十九は失敗する。われわれは勝負師ではない。負けても何が原因で負けたのかを追求することに意義がある。私はたえず喜びを求めながら生きている。そのための苦労には精一杯に耐える努力を惜しまない。
・チャレンジしての失敗を恐れるな。何もしないことを恐れろ。失敗が人間を成長させると私考えている。失敗のない人なんて本当に気の毒に思う。困れ。困らなきゃ何もできない。自分の力の足りなさを自覚し、知恵や力を貸してくれる他人の存在を知るのもいい経験である。
・それはみんな過去のことなんだ。俺が知りたいのは未来なんだ。
・日本一になるなどと思うな。世界一になるんだ。
・人生は冒険、仕事も冒険、そして生きるのも冒険。
・やってみないと、できるかどうかわからないんだろ?なら、やってみろ。
『私の手が語る』(1982年・講談社 再刊:2003年・グラフ社)『やりたいことをやれ』(2005年・PHP研究所)『俺の考え』(1996年・新潮文庫)『得手に帆あげて』(2000年・三笠書房 新装版 わせだ書房刊を再編集)『スピードに生きる』(2006年・実業之日本社 新装版)『夢を力に』(2001年・日本経済新聞社)
1、本田宗一郎(あの人に会いたい:NHK)
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