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綾戸智恵の「大切な」言葉たち~綾戸智恵の名言・人生・生き方など~

綾戸智恵の「大切な」言葉たち

目で歌いません。目と脳みそを使いません。そんなものはいらないのでございます。

休憩のときは、もう、休憩いっぱいしなさい。

わたしの心の中で命をかけるというのは、周りを見ないぐらい一生懸命やるってことなのね。周りが見えると色んなことが自分の心を邪魔するの。なんかこう、自分が何番にいるんだろうとか。五番目にいるのかな、三番目にいるのかなぁとか。自分の位置が気になっちゃって、自分が走ってるっていうことを忘れちゃうわけ。

人生は山登り。体調整えて、登って、立ち止まって、時には引き返す。

人生はcarry on 人のおかげで自分に備わったもの、自分が動いて得たもの。すべてを日々、carry on (持ち続ける)していると実感します。

命をかけるっていうのは、走ってることに一生懸命なの。だれかに「綾戸さん」って声かけられても止まんないの。もう命かかってるから、止まると死んじゃうわけよ。「今、三番だよ」「今、二番だよ」とか「今、一番だよ」というのは聞かずに自分がやらなきゃなんないことを一生懸命考えながら、自分ではずっと一番だと思って走ってる。

後半が盛り上がる人生って、エエなあ。

わたしは1ページに1文字書いて、よく先生に怒られた。

単純な人が運を引き寄せる気がしますね。どこかにシッポのようなものを持っていて、脳味噌だけでなく、自分の経験や感覚を通じて物事を考えられる人。文明に負けたらあかん。人間の動物としての本能を信じることができる人は、強運じゃないでしょうか。逆に、何でもひとりでやろうとする人はちょっぴり不運かな。私はコンサートのとき、皆さんの力を信じています。照明、マイク、舞台監督… その人たちを信頼して任せているから、歌に集中できるんです。全部自分でやっていたら、出来るものまで辛くなる。だから人に任せられる部分は気持ち良く任せちゃって良いと思います。

人生は何事も、自分の努力も必要だけど、周囲の人の助けも大きな支えになります。二つ合わせたら、絶対大丈夫だと思います。

とにかく勉強のときも100%する。遊ぶときも100%。もう全力。

『歌ってるときの横顔がいい』って言われたら、女やからそれも嬉しいですわ(笑)。歌だけ、なんて考えたこともありません。人生やっぱり、母と息子と友達と分かち合って、楽しく生きていきたい。自分の人生を歌に食われたら大変や。生きてる限り、他の道はなんぼでもありますよ。人生は、死ぬのをただ待つためのものやないんです。きちんと死ねるように、今を一生懸命生きていかないと。

きっかけやチャンスは、とにかく行かんと掴めないもの。

悩むこと自体が、やっぱりゆとりがあんねん。あんさん、海でおぼれそうになって悩みまっか?ただ、いくでしょう。陸はどこやって?泳ぎ続けるよね。止めたら死ぬよね。おぼれたら早よ、カメ見つけなはれ。カメの背中にへばりついて竜宮城行きまんねん!

世の中の偶然はコントロールできないけど、必然にするのは私や。

とにかく、思ったことは躊躇なく実行!早く失敗しておけば、早く立ち直れるもんです。

私が歌うには家族が絶対必要だし、家族のためには歌が必要。介護を経験して歌の大切さに改めて気づきました。でも、何かを犠牲にしてまでは歌いません。そんな尖ったミュージシャンじゃないんです。お客さんや家族、友だちの喜ぶ顔が見たいだけのオバハンなんですよ。

躊躇というゴミが体に悪い。常にポジティブに。

さぁ、台風なみに吹き荒れるで!

赤い糸はたったひとりではなくて、たくさんの人と繋がっているんですよ。元夫みたいに、見事に切れた人もおるけどね(笑)。お土産に、息子のイサだけもらって帰りました。イサは主人の贈り物ですね。成功するだけが人生じゃなし、失敗して良かった。生まれてからこれまでに出会った人、みんなとご縁がある。人との出会いも生きているからこそや!

勉強は、どこでもできる。

忙しいからこそたくさんこなせる、短時間でこなせる。「時間がない」は言い訳にすぎません。時間は作るものなのです。

ずっと歌っていきたいとは言い切りません。生きてい
たいんです。生きるために歌ってきて、歌が私の軸だと
いうことは間違いないし、大事にします。だけど、この
先、何が起こるかなんて神様にしかわからないんだから、決めつけないほうが楽しいじゃないですか。私ね、『何歳だからこうあらねば』とは考えないんです。ただ毎日を意味のあるように生きていきたいと思っています。

毎日、私の夢は、前に進んでいきます。

迷うぐらいなら行かんとき、迷ったらまず行ってみる。

私、まず何でも飛び込むんですよ。人に何か誘われたら絶対に行きます。それだけは怠慢したことは一回もないです。出演依頼をいただいたら『私の器やないわ~』とか言わずに、何でもとにかく行ってみる。そしたら大抵ひとつは何か拾い物があるんですよ。生きているうちの得や面白みというのは、そういうところにあるもんやと思っています。

なんとかしようとすれば、なんとかなるもんです。

省エネはモノだけ。人のエネルギーは、いっぱい使ってまた増えます。

下等生物やから、何も知らない。だから、とにかくどこにでも行ってみたい。行ったら何かあるかもしれない、そう思います。そういうふうにしていたら、EXILEやGRAYと会えました。そこからまた話が広がって、今度は中島美嘉ちゃんにも会えて、一緒に歌えた。行くのをためらっていたらなかった出会いです。悩む前に動くことですね。自分を過大評価しないことは大事やけど、ここぞ! というときだけは『私は飛べる!』と思っています。そう思うことで思わぬ力が出ることもありますから。傲慢ではなく自分を信じるということは、勇気ですよね。

とにかく子育ては、本能と愛情と智恵と瞬発力!

今日の偶然を、努力で必然にしたい。

人とコミュニケーションとらないと。誰かに相談したり何か頼んだりすれば、その人からも何か相談されたり頼まれたりするでしょ。旦那さんのためにちょっと豪華な朝食でも作ってあげれば、旦那さん喜んでくれるでしょ。そうやってお互いに何かを与え合ってる。人って、愛されないと生きていけないんです。愛してばっかりやと、いつか空っぽになる。充電せんとね。愛も、会話と同じ。一方通行でなく、人の間を行ったり来たりするのが大事なんです。

人間のエネルギーは永遠。だから省エネしないで使い切る。

生き続けるというのは息続けること。それだけでいい。

失敗と無駄は早いうちに、精一杯してしまうとええのと違うかなぁ。そうすれば、自分にとって最も良いことが何なのか、判別、選択できる一番の近道だと思うよ。

いろんな一日二十四時間が、私と音楽を作るんやね。

これからは、母の望む自分になっていきたいな。親の望みって、有名になるとか再婚するとか、そういう『事柄』やないんですよ。どんなことがあっても挫けずに、元気に生きていくこと。そういうもんでしょ。母への気持ちも、年を重ねるにつれて変わりました。母がどんどん老いて、弱っていく。絶対死なへん! と思ってた母が、死の実感を教えてくれてます。時間よ止まれ、と思う気持ちがあって、それでもいつかは死ぬんだという現実がある。母はそれを見せてくれてるんやと思います。

生きてるだけでも素晴らしいのに、何か出来たらもっと素晴らしいよ。

50歳。四捨五入すると100歳。みんな一緒や。

要は、点数を気にせずに。

最初の欠点は、のちの特長。大きいなりに、小さいなりに、色がある。量じゃないよ、カラーだよ。

音がバラバラは個性の集まり。それでOK。

最初の欠点は、のちのオリジナリティ。

綾戸智恵とは?(人生・生き方・プロフィール・略歴など)

綾戸智恵。

大阪市阿倍野区出身。

母親は福岡県出身で、食糧庁やGHQに勤務。

綾戸本人の本籍地も福岡県。

プロテスタントのクリスチャンである。

幼少時から両親の影響でジャズとハリウッド映画に囲まれて育つ。

実父は旅回りの芸人だったが、綾戸が2歳のときに50代で亡くなり、養父を父と思って育った。

その養父も、綾戸が中学生の頃に老衰で他界している。

3才でクラシック・ピアノをはじめ、教会でゴスぺルを歌い、中学に入るとナイト・クラブでピアノを弾くようになる。

両親がジャズファンという影響から小学生の頃からジャズへの造詣を深め、大阪市立常盤小学校、文の里中学校、明浄学院高等学校を卒業したあと渡米。

ロスアンゼルスのライブハウスやプロテスタント教会でゴスペルを歌ったり,ピアノ演奏や歌唱などを展開した。

30歳の渡米中の時、乳がんが発覚、手術を受ける。

滞米先でアフリカ系アメリカ人のジャズミュージシャンと結婚してハーフの一男をもうけるが、後に夫のDVが原因で離婚。

1991年に帰国後は神戸市に活動の拠点を置き、ジャズヴォーカリストとして本格的に活動を開始。

横浜ジャズプロムナード、モントレージャズin能登、長野ジャズコレクションなど、国内各地でのジャズコンサートに多数出演した。

1998年に実質的にメジャーデビュー。

2000年度の第51回芸術選奨文部科学大臣新人賞(大衆芸能部門)受賞。

2003年には紅白歌合戦(NHK)出場を果たし「テネシーワルツ」を歌唱した。

米国人との結婚・離婚、乳癌を患うなどの豊富な人生経験、大阪弁を操る強烈なキャラクターからテレビのトーク番組等でも注目を浴びるようになる。

2007年9月10日より、芸名であった「智絵」から本名の「智恵」となり活動。

息子イサさんはハーフだったことから小学校入学後にいじめに合い、3ヶ月で不登校に。息子のイサさんの勉強は自宅で綾戸智恵さんが教えていたそうです。

脳の疾患に倒れた母親の介護を続ける。

arashidaisuki