「ありがとう」って、良い言葉ですよね!
そもそも「ありがとう」とは、どういう意味なのでしょうか。
今回は「ありがとう」という言葉についてお伝えします!
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世界各国のありがとう
海外旅行するとその国の「ありがとう」は必ず覚えますよね。
ホテルのフロント、レストラン、観光地など、様々な場面で使います。
「ありがとう」は国によって、その語源が違います。
世界各国での「ありがとう」の語源を少し調べてみました。
フランス
まずはフランス。
フランス語では、「ありがとう」を表す言葉は「merci(メルシー)」です。
メルシーは英語の「慈悲」を意味する「マーシー(mercy)」と同じ語源で、ラテン語の「メルセデス(merces,edis)」。
そう、あの「メルセデス・ベンツ」の「メルセデス」ですね。
「恩恵」という意味です。
元々はキリスト教の世界観。
神様がくれる「慈悲」のことで、神様がかけてくださる情けがこの世で最も「ありがたい」ことから派生してきたと言われています。
イタリア
イタリア語で「ありがとう」は「grazie(グラーツィエ)」といいます。
語源はラテン語のgratia。
これも「恩恵」、英語の恩恵「グレイス・grace」の語源でもあります。
有名な歌「アメイジンググレイス」のグレイスです。
これもフランス語同様、神様が人間にかけてくださる「好意」や「親切」からきている言葉です。
スペイン
スペイン語の「ありがとう」は「グラシアス(gracias)」。
これもイタリア語と同じで語源はラテン語のgratia。
つまり、イタリアと同じ「好意」や「親切」が語源ですね。
ポルトガル
ポルトガル語で「ありがとう」は「オブリガード (obrigado)」。
日本語の「ありがとう」と、なんとなく響きが似てますね。
「オブリガード 」が「ありがとう」の語源ではないか、という説もあるようです。
「オブリガード (obrigado)」は、動詞「obrigar(義務づける)」の過去分詞が語源だそうです。
その裏には「相手にお返ししなければならない義務を感じている」という意味が隠されています。
それがやがて「感謝している」と変化していったのが現在の「obrigado」の姿のようです。
イギリス、アメリカ(英語)
英語の「thank you」はどうでしょうか。
「thank」は「think(考える)」と同じ語源。
つまり、「考える、(相手を)思う」という意味です。
「あなたのことを思ってますよ」ということかもしれません。
ドイツ
ドイツ語の「ありがとう」は「ダンケ(Danke)」。
ドイツ語は、英語と同じゲルマン語派で、ありがとうの語源「デンケン(denken:考える)」も英語と同じ関係です。
英語同様、「考える、(相手を)思う」が語源なんですね。
韓国
韓国語(ハングル)の「ありがとう」は「カムサ(感謝)ハムニダ(します)」。
日本語の「カンシャ」と似てますが、実際、カムサは「感謝」という漢字をハングル書きした言葉で、中国大陸から伝わったそうです。
中国
中国語の「ありがとう」は、「シエシエ(謝謝)」。
「シエシエ(謝謝)」は「すみません」という意味でも使われるようです。
日本語でも「謝」は「感謝」の「謝」でもあり、「謝(あやま)る」の「謝」でもありますよね。
相手から物事をしていただくと、日本人は「ありがとう」ではなく、つい「すみません」って言ってしまいがちです。
中国語のシエシエ(謝謝)と同じような意味合い、背景があるのかもしれませんね。
日本語の「ありがとう」の語源とは?
では、私たち日本語の「ありがとう」の語源はご存知でしょうか。
ありがとうの語源は、形容詞「有り難し(ありがたし)」の連用形「有り難く(ありがたく)」がウ音便化した言葉です。
「有」ることが「難しい」ことで、つまり「めったにない」という意味になります。
この「ありがとう」という言葉、語源は仏教にあるとも言われています。
それが雑阿含経(ぞうあごんきょう)にある『盲亀浮木(もうきふぼく)のたとえ』です。
『盲亀浮木のたとえ』
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お釈迦さまがあるとき、阿難(あなん)というお弟子に一つの例え話をされました。
お釈迦様「たとえば、大海の底に一匹の盲亀がいて、百年に一度、海上に浮かび上がるのだ。その海には、一本の浮木が流れていて、浮木の真ん中に、一つの穴がある。盲亀が百年に一度浮かび上がった際に、その浮木の穴へ、ちょうど、頭を突っ込むことがあるだろうか」と尋ねられた。
阿難が「そんなことは、毛頭、考えられません」と答えると
お釈迦様は「誰でも、そんなことはありえないと思うだろう。だが、何億兆年よりも永い間には絶対にないとは、誰も言い切れないであろう。人間に生まれるということは、この例えよりもありえない有り難いことなのだよ」と仰ったそうです。
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すごいですね、まさに「有り難し」。
めったにない「ありがとう」。
でも、私たちの生活の中、「ありがとう」は、たくさん使いたいものですね。
そういえば、あるベンチャー企業経営者が仰っていました。
「ありがとう、という言葉は毎日、誰にでもたくさん使っています。」
「どうしてですか?」と私が聞くと、「ただ(無料)ですからね」と笑っていました。
すごいですね。
「ありがとう」の無料配布。
でも、それでいいのではないでしょうか。
「嫌み」が行き来する職場より、無料の「ありがとう」が頻繁に行き来する職場のほうが良いかもしれません。
コストをかけずに職場が明るくなるなら、ジャンジャン使ってみる、組織論における一つの「戦略」かもしれませんね。
ありがとうの反対語
ありがとうの反対語って知っていますか?
「有り易し」?違いますね。
「有り難い」の逆、それは「あたりまえ」ではないでしょうか。
私たちの普段の生活、ビジネス生活もそう。
「あたりまえ」という心から「ありがとう」の感謝は生まれません。
私たちは、毎日起こる出来事を、当たり前だと思って過ごしているのかもしれません。
社員だからあたりまえ。
部長なんだからあたりまえ。
社長だからあたりまえ。
外注先なんだからあたりまえ。
お金を払っているのだからあたりまえ。
ビジネスだけではありませんよね。
夫なんだからそれくらいしてくれてあたりまえ。
子供なんだから親のいうことを聞いてあたりまえ。
歩けるのが、あたりまえ。
目が見え、耳が聞こえるのが、あたりまえ。
太陽が毎朝昇るのが、あたりまえ。
うまれてきたのが、あたりまえ。
そして…
生きているのが、あたりまえ。
でも。
「当たり前」ではなく、本当は「有り難い」ことではないでしょうか。
一緒に働く仲間、便宜を図っていただける取引先、いつも利用していただけるお客様。
「有り難い」ことかもしれません。
増殖する「ありがとう」
私は以前、子どもの頃、「感謝」の言葉は使えば使うほど、自分の幸せが減っていくものではないか、と考えていた頃がありました。
「運」も同じ。
当時は「運」も使ってしまうと、その反動で「幸運」が減っていくものではないか、そう考えていた時期がありました。
でも、今は全く逆。
「ありがとう」を使えば使うほど「ありがとう」は増えていくもの。
「感謝」をすればするほど「感謝」は増え続けるもの。
今は、そう考えています。
でも、ギスギスした職場ではなかなか「ありがとう」は聞こえてきません。
虚勢を張ることで頭が一杯。
悪い組織の典型例かもしれません。
「有り難い」優良企業には「ありがとう」が溢れているのではないでしょうか。
社員にもありがとう。
取引先にもありがとう。
お客様にもありがとう。
「ありがとう」出し惜しみしていませんか?
増殖し、相乗する「ありがとう」。
「ありがとう」を無尽蔵に生み出し続ける組織、それが本当に強い組織なのかもしれません。
最後に
名言を贈ります。
多くの企業で研修をしてきましたが、マネジメントがうまい人ほど「ありがとう」をうまく使っています。
田中淳子(人材教育コンサルタント)
当社では感謝の気持ちをメッセージにした「ありがとうカード」を同僚に渡す仕組みがある。そのカードを配った数を競うキャンペーンを毎年3か月間行っているが、トップクラスの社員は5000枚以上配る。それだけ社員の仲がよく、互いに助け合う社風になっている。
宇都宮恒久/中央タクシー会長
「ありがとう」と言う方は、何気なくても、言われる方はうれしい、「ありがとう」これをもっと素直に言い合おう。
松下幸之助
常に周囲を肯定し、ありがとうという気持ちを持っていれば、運はついてくる。自分を愛してくれる人が多いことこそが、幸運というものの真の姿だと思います。
竹田和平/個人投資家「和製ウォーレン・バフェット」
こちらの「ありがとう」と言う言葉で相手が喜ぶ、その姿を見てこちらも嬉しくなる。相手も自分も変化していく感覚が楽しくなり、相乗効果が生まれる。
竹内義晴(人材育成コンサルタント)
私は次の4つの言葉が人生の全てだと思っています。「どれだけ“ありがとう”と言えたか」「どれだけ“ありがとう”と言われたか」「どれだけ感謝できたか」「どれだけ感謝されたか」。
冨安徳久/ティア創業者
難題の無い人生は、無難な人生。難題の有る人生は、有難い人生。
斉藤里恵/区議会議員「筆談ホステス」より
お金はありがとうの引換券。
黒木英隆/メディエイター創業者
僕はラーメンを作っているんじゃなくて、ありがとうを作っているんだと思っています。
河原成美/一風堂創業者