石ノ森章太郎はご存知でしょうか。
そうです!
仮面ライダーの原作者ですね!
仮面ライダーシリーズのオープニングでは必ず「石ノ森章太郎」原作者としてテレビにも毎回映し出されますよね。
まさに、仮面ライダーの生みの親です。
今回は仮面ライダーの生みの親、石ノ森章太郎さんについてお伝えします!
仮面ライダーの父、石ノ森章太郎さんとは?
仮面ライダーの生みの親、石ノ森章太郎氏は、昭和を代表する漫画家の一人です。
代表作は「仮面ライダー」の他、「秘密戦隊ゴレンジャー」「サイボーグ009」「人造人間キカイダー」「がんばれ!!ロボコン」など、多くの名作を生み出しました。
「サイボーグ009」も有名ですが、特撮ヒーローの生みの親とも言えそうですね。
生涯に描いた漫画の量は、のべ770タイトル500巻で、総ページ数は12万8000ページにもおよんでいます。
なんと、ギネスブックに載っているのです。
「一人の著者が描いたコミックの出版作品数が世界で最も多い」として、「ギネス世界記録」に認定され、認定証には「known as “The King of Manga”(漫画界のキングとして知られる)」と書かれているそうです。
すごいですね、まさに世界一。
石ノ森章太郎氏について、少し見てみましょう。
石ノ森章太郎さんとトキワ壮
1938年1月25日生まれ。本名は小野寺章太郎。
宮城県登米市(当時は登米郡石森町)出身。
出身地の石森町、これが石ノ森のペンネームの由来だそうです。
病弱であまり外出が出来なかった3歳年上の姉のために、その日の自身の体験や出来事を絵に描いて見せてあげたのが漫画家を目指すきっかけとなります。
後に石ノ森の姉はトキワ荘へ移住し、住人達からはマドンナ的存在の美人だったが、1958年に23歳の若さで他界しています
石ノ森氏は宮城県立佐沼高等学校在学中の1955年、『漫画少年』に投稿した『二級天使』でデビュー。
1956年の卒業とともに上京してトキワ荘に入居、学生時代は手塚治虫のアシスタントを務め、その実力を手塚本人からも賞賛されています。
トキワ壮とは、東京都豊島区南長崎三丁目に1952年から1982年にかけて存在した木造アパートのことで、当時手塚治虫ら著名な漫画家が居住していたことで有名です。
驚くのはトキワ壮の住人たち。
手塚治虫を筆頭に、寺田ヒロオ、藤子不二雄(藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐ)、赤塚不二夫、鈴木伸一、森安なおや、よこたとくお、水野英子、山内ジョージ、向さすけ、そして石ノ森章太郎さんなどです。
トキワ壮で住人以外の出入りしていた人物たちもすごいのです。
つのだじろう、しのだひでお、長谷邦夫、園山俊二、つげ義春、坂本三郎、永田竹丸、横山孝雄などです。
日本中の天才が集まり、切磋琢磨したトキワ壮。
日本の漫画界を作り上げた空間だったのかもしれませんね。
石ノ森章太郎さんの光り輝く作品たち
石ノ森さんは幅広いジャンルで活躍し、初期には冒険物『幽霊船』、少女物『龍神沼』、超能力物『ミュータント・サブ』などを発表しています。
1960年代の少年週刊誌全盛期には代表作『サイボーグ 009』 (1964) を発表。
1965,1966年には発想から制作までのプロセスや表現法を詳述した『マンガ家入門』 (正・続2冊) を出版。
青年コミック誌では,『佐武と市捕物控』 (1967) など時代物、『009ノ1』 (1967) も発表し、手塚治虫主宰の月刊誌『COM』には詩的ファンタジーを取り入れた実験作『ジュン』 (1967~69) を連載。
1970年代には『仮面ライダー』『秘密戦隊ゴレンジャー』『人造人間キカイダー』『イナズマン』など、テレビの特殊撮影番組と連携した作品を多く手がけます。
その後も、『HOTEL』『マンガ日本経済入門』 (4巻) ,『マンガ日本の歴史』 (55巻) などで新たな分野も切り開きました。
筆が早いことで有名で、一晩で50ページを書き上げた等の伝説があり、師の手塚治虫が「漫画の神様」と称されました。
漫画の新しい呼び名として「萬画」を提唱し、1989年「萬画宣言」を行い自らを萬画家と称します。
1998年1月28日永眠。享年60歳でした。
永井豪さんは元アシスタントだったそうです。
永井豪さんいわく、石ノ森章太郎さんは「普通の人の5倍のスピードで作品を描く天才」とのことです。
石ノ森さんと姉の由恵さんの絆は深かったそうで、この絆を描いた、日本テレビ24時間テレビドラマでは「ヒーローを作った男 石ノ森章太郎物語」が作られています。
代表作は『仮面ライダー』『秘密戦隊ゴレンジャー』『サイボーグ009』の他、『佐武と市捕物控』『マンガ日本経済入門』『HOTEL』、『人造人間キカイダー』『イナズマン』『がんばれ!!ロボコン』『がんばれ!/それゆけ!レッドビッキーズ』『美少女仮面ポワトリン』『スカルマン』『快傑ハリマオ』『ジュン』『さるとびえっちゃん』『ちいたかわしわしごりらんらん』『快傑ズバット』『幻魔大戦』『ジャッカー電撃隊』『変身忍者嵐』『佐武と市捕物控』『アクマイザー3』『ロボット刑事』『009ノ1』『ギルガメッシュ』『超神ビビューン』『宇宙鉄人キョーダイン』『大鉄人17』『星雲仮面マシンマン』『兄弟拳バイクロッサー』『ゼルダの伝説』『ミラクルジャイアンツ童夢くん』『星の子チョビン』などがあります。
漫画ミュージアム、石ノ森萬画館とは?
石ノ森章太郎の記念館(マンガミュージアム)が、石ノ森さんのふるさと宮城県にあります。
数々の石ノ森作品の原画などを所蔵、展示しています。
石巻駅から歩いて15分ほどのところに「宇宙船」をイメージした建物。
それが、石ノ森萬画館です。
「仮面ライダーの世界」では、仮面ライダー1号を取り囲むように半円状に並んでいるのは昭和ライダーと平成ライダーのマスクがズラリ。
2011.3.11に発生した東日本大震災の影響で閉館していましたが、当時の石ノ森萬画館にあったベニヤ板に書き込まれた約1万人のメッセージにより、復興のシンボルとして、多くの人に勇気を与えました。
震災発生から1年8か月後の2012年11月17日に再オープンしています。
一度訪れてみてはいかがでしょうか?
石ノ森萬画館
〒986-0823 宮城県石巻市中瀬2-7
TEL : 0225-96-5055
深すぎる!石ノ森章太郎さんの名言たち!!
世界に誇る日本の漫画を作り上げた一人とも言える石ノ森章太郎さん。
数々の経験、重みのある言葉が残されています。
以下、石ノ森章太郎さんの名言です。
“劣等感が人をつくる”。劣等感に押しつぶされまい、という頑張りが、その人に成長につながる。同じくー”劣等感”の皆無な人間など、あるはずがないが、もしあったとしたら、味気ない人間に違いない。
人から見て幼稚だろうと何だろうと、自分が面白いと思うことをやれれば、人生はそれで十分なんだな、と。他人に褒められるように生きる必要なんて、まったくない。それが世の中に受け入れられるかどうかは、あくまで結果でしかない。
壁を越えるのはちょっと苦しいけれど、越えればそこには必ず新しい世界がある。それを見られるだけでも楽しいじゃないか。人生は木のようなもので、まっすぐに伸びた幹だけの木よりも、枝があちこちに伸びている木のほうがおもしろい。まっすぐな幹だけをスルスルと昇っていくより、枝々をいろいろな方向に伸ばしたほうがいろいろな方向が見渡せて人生が何倍も楽しめるぞ。
現代もまた、新たな文明体系をつくり出さなければならない時期にきているのだとすれば、まさにトータルな感性が重要視される時代だ、といえるでしょう。つまりレオナルド的な多才でしかもバランスのとれた人間が、どうしても必要になっているということです。
僕らがいくらヒットを生んだとしても、しょせん手塚治虫にはかなわないんだよ。あの人は雲の上の人なんだから。誰も彼もそれを認めていたじゃない。天才というのは、どこかいびつでしょう。僕らは凡庸だから、妙にバランスがとれてしまっている。そういう性格が作品にもあらわれてしまっている。物足りない。手塚さんのようなつきつめたところがない。それは自分でもわかってる。
お金も時間も、すべて面白いこと楽しいことだけに使っていた。衣食足りて礼節を知るというが、食べることもと眠ること、いわんや着ることなんて、どうでもよかった。胃袋よりも、興味と好奇心を満たすほうが優先だったのだ。
盲目的前進は、どこかで方向を間違えても気づきません。時折立ち止まって周囲を見回しましょう。そして反省の時を持ちましょう
売れなくなったときのことは、売れなくなってから考えればいい。そんな先のことにエネルギーを費やすなら、今やれることはいくらだってあるじゃないか。
現代過去未来 舞台はどこでもいい。やっぱり人間を描いていきたい。
時代が望む限り… 仮面ライダーは何度でも蘇る…
萬画宣言
一、萬画は万画(よろずが)です。あらゆる事象を表現できるからです。
一、萬画は万人の嗜好にあう(愛されるし、親しみやすい)メディアです。
一、萬画は一から万(無限大の意も含む)のコマによる表現です。従って萬画は、無限大の可能性を持つメディアである、とも言えるでしょう。
一、萬画を英語風に言えば・・・Million Art。
Millionは百万ですが、日本語の万と同じく「たくさん」の意味があるからです。頭文字を継げれば、M・Aです。
一、M・Aは即ち“MA”NGAの意。
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