新しいことに挑戦、チャレンジする人を応援したい。
私達日本人一人一人が、50cm前に一歩進むと、地球一周分に匹敵するのです。
それが、私の50センチ革命。
一人一人の個人が、一歩前に進むこと。
これが、新しい未来を生み出すのではないでしょうか。
元気になれる名言や格言、言葉や発言を「人物」にフォーカスしてご紹介いたします。
目の前にある、小さなものでも構いません。
新しい一歩を!
過去と他人は変えられない。
変えられるのは自分と未来だけです!
Contents
■矢沢永吉名言集
オレっていうのはね、メチャクチャ安心してないと気がすまない男なんだよ。でも、やってることは、常に不安だらけ。どういうことかって言えば、安心したいがために、行動する。だから、行動が早い。
俺はスターになって、成り上がって金持ちになるほど、幸せも大きくなると思っていた。でもそれは違う。会社員の幸せと矢沢の幸せは同じ。それにやっと気づきました。
グレるってこと、どういうことか知ってる?うん、はぐれるってことなんだ。群れから離れる。はぐれる淋しさ。のけもの。先に道がないんだ。ところが、いまの確立した社会では、その社会の動きを邪魔する行為をグレるっていう。ほんとは達うんだ、はぐれるなんだよ。
YouTubeって便利だな、びっくりしたよ、素晴らしい時代になった。俺の曲が気になったらどんどん見てくれたらいい、ダウンロードも歓迎。でも俺も家族や社員に飯食わせなきゃいけないから、今後はライブで頑張るよ。ライブはダウンロードできないし、お客さんも喜んでくれるだろ。
卒業したら、京に上る。首都に攻めていってスーパースターになる。首都に行かなきゃ、首都!京に上って旗あげないと。広島で旗あげても、なびかないものね。パタパタポロっ。新聞紙の破けちゃうような旗だもの。ところが、首都ではそうじゃない。バタバタバタバタとなびいてくれる。信じてた。
矢沢のファンは、矢沢にうしろを振り向いて欲しくない。そう思っていると思う。俺、もし自分でこれ以上できないって思ったら、その年は休もうと思ってる。銭のためにってやるんだったら、俺やめる。
どうしていいかわかんない奴は、自分で目的作りゃいいのよ。ニンジンをね、作っちゃうの。そこ目がけて走るんだよ。世の中ね、シンプルなほうがいいよ。あまりガタガタ考えても、ダメなときはダメなんだからさ。
これくらい長くやってるとね、“ファンにこびる”っていう言葉すらなくなるね。こびていいんじゃない? 大いにこびたら? ファンに喜んでもらえるなら何やってもいいじゃない!
風呂敷を広げると畳まないといけない。風呂敷を畳むのが面倒くさいから広げない。畳んだままなら片付けなくてすむから?でも広げないと何も包めない。なにも始まることもない。
人間ていうのは、必ずドアを叩かなきゃいけない時がくるのよ。 その時、叩くって勇気いるよね、怖いしさ。 どうなるのかななんて思うけど、そこで分かれるよね。 叩く人間とそうでない人間に・・・。
人生というのは、失うものを増やしていくゲームなんだ。
ほんとに疲れたら、やめろって。グズグズせずに。会社でも、上司に二回、三回、五回・・・あんまり怒られたら、クビになる前に自分からやめたほうがいい。なぜなら、自分はその仕事に合ってないと判断すべきだから。合った職を探す。それが才能よ。才能ってのは、何も、創る人間にだけ使われる言葉じゃないと思う。
3年でサクセスできたけど、ハッピーになるには15年かかったよ。
もうね、暗示かけちゃうの自分に。「オレは才能あるんだ」「素晴らしいんだ」と思わない限りやってられないもんね。
人間の一生は、トーナメント戦じゃない。勝ったり負けたりをくりかえすリーグ戦だ。
攻撃することが生きることだ。負い目をつくらず、スジを通して、自分なりのやり方でオトシマエをつけてきた。休むわけにはいかない。やらねばならぬきとはまだある。
オレは、いま生きるのがつらいって言っている人は、やっぱり、どこかに自分の生き方を自分で決められないって背景があると思うんだ。…かんじんなのは手前の足で立つことなんだ。
成りあがり。大好きだね、この言葉。素晴らしいじゃないか。こんな、何もかもが確立されきったような世の中で、成りあがりなんて・・・せめて、やってみろって言いたいよ。
10の力を持ってたら、9までは塾だ受験だちょうちんだでいいよ。でも、1ぐらいは、残りの1ぐらいは、一攫千金じゃないけど「やってやる!」って感覚を持ちたいね。オレ、本気でそう思ってる。成りあがり。大好きだねこの言葉。素晴らしいじゃないか。
いま、キツイと思ってるやつ。誰も助けてくれないよ。おまえが、そのまま自分のはぐれる気持ちを継続さすと、ますます、まわりは「待ってました」とやってくる。おまえらは、反撃したくないか?
2種類の人間がいる。やりたいことやっちゃう人とやらない人。 やりたいことやってきたこの人生。おかげで痛い目にもあってきた。散々恥もかいてきた。誰かの言うことを素直に聞いてりゃ、 今よりずっと楽だったかもしれない。でもね、これだけは言える。やりたいことやっちゃう人生のほうが、間違いなく面白い。俺はこれからもやっちゃうよ あんたはどうする?
年とるってのは細胞が老けることであって魂が老けることじゃない。
最初サンザンな目にあう。二度目、おとしまえをつける。三度目、余裕。こういうふうにビッグになっていくしかない。
言いたいのは、それひとつだよ。その生き方を人のせいにしちゃダメだ。
自分のプライドも自分の財産でしょ。そうでしょ?
オレは他人のためにやってるんじゃない。てめえのためにやってるんだ。
てめぇの人生なんだから。てめぇで走れ。
■矢沢永吉とは?
矢沢永吉。
母親は永吉が3歳の時、夫と息子を捨てて蒸発。
広島で被爆した父親とは小学校2年生の時に死別。
このため幼少期は親戚中をたらい回しにされ、その後は父方の祖母に育てられ、極貧の少年時代を過ごした。
高校卒業と同時に、トランクとギターとアルバイトで貯めた5万円を持って、広島から最終の夜行列車で上京。
自作の曲「アイ・ラヴ・ユー、OK」のテープを東芝EMI(現・EMIミュージック・ジャパン)とCBSソニーに持ち込んだが不採用だった。
「ザ・ベース」「イーセット」を経て、「ヤマト」を結成。
蒲田、川崎、横浜、横須賀などのライブハウスの「ゴールデンカップ」やキャバレー、兵隊の集まるゴーゴークラブで歌う。
1972年、矢沢が張り紙チラシで募集をかけ、ジョニー大倉・内海利勝・ユウ岡崎らと6月、ロックバンドキャロルを結成。
ロックバンド人気を背景に、爆発的ヒットとなる。
活動は短期間であったが、後の日本のロックシーンに大きな影響を与えた。
1975年、日比谷野外音楽堂において解散ライブを行い、演出のために使用した爆竹が雨で湿って、その火花が舞台セットに燃え移りステージが炎上、メンバーは楽器を失うだけではなく、多くの借金を抱えるというアクシデントの中、キャロル解散。
同年、CBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)に移籍後、キャロル関係の人間から離れ、一切のスタッフを総入れ替えし、ロサンゼルスレコーディングによる「I LOVE YOU, OK」でソロデビュー。
1977年、当時のファンは、いわゆる不良少年、無頼者の印象の人間が多く、会場貸出拒否、ファンの暴走、世論など数々の難題があった中で日本のロック・ソロアーティストとしては初の日本武道館単独公演を敢行。
1978年、CMソング「時間よ止まれ」が大ヒット、累計売上はミリオンセラーを記録。同曲はバックバンドの一員として坂本龍一や高橋幸宏、後藤次利らが参加した。
同年、EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR 1978 「GOLD RUSH ’78 PART-1」をスタート、会場周辺を機動隊が取り囲む厳戒態勢の下、後楽園球場で空前の単独公演を敢行。
長者番付歌手部門で、ロックミュージシャンとして初の第1位を獲得。
自著伝第1弾「成りあがり」を出版。100万部を超えるベストセラーとなり、社会現象となった。なお、ライターを担当したのは糸井重里。
その後、ロックシンガーとして不動の人気を誇る。
マネージャーによるコンサート売り上げ詐欺事件や、オーストラリアにおける事務所元側近による巨額横領事件もあり、数々の苦難を乗り越えてきた。
オーストラリアの横領事件では、土地取引を巡り、34億円という巨額の経済事件となったが、1998年に事件が発覚して6年で完済したと報道されているが、「実際は15、6年かけて返済していた」と後に語っている。これはオーストラリア犯罪史上2番目の被害額である。