■TPP、食の安全に重大な脅威の懸念~添加物、残留農薬、検疫の規制緩和の問題点
Business Journal 2014.03.08
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2月25日、シンガポールでのTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)閣僚会合が、昨年10月のバリ島(インドネシア)でのTPP首脳会合、同12月のシンガポールでの閣僚会合に引き続いて大筋合意をすることなく終了した。
共同声明では、次回会合の見通しさえ言及されなかった。
翌日の各紙の1面見出しは、『TPP暗礁』(東京新聞)、『TPP長期化必至』(読売新聞)『日米、TPP平行線』(朝日新聞)、『TPP針路見えず』(毎日新聞)と、一様にTPP交渉が行き詰まっていることを表現した。
TPPは、農林水産業だけではなく食の安全にも脅威を与えるものであり、多くの国民の議論が必要なものであるが、情報はほとんど国民に提供されていない。
その脅威とは、輸入関税がゼロになることによる輸入食料の急増と非関税障壁の撤廃がもたらすものである。
(1)輸入食品の急増がもたらす食品検疫体制の機能低下
TPPでゼロ関税となると、米をはじめとして多くの農産物が輸入農産物に置き換わり、国内生産が減少する。
農林水産省の試算で明らかになった生産減少率は、米が90%、小麦99%、大麦79%、インゲン23%、小豆71%、落花生40%、甘味資源作物100%、でんぷん原料作物100%、コンニャクイモ90%、茶25%、加工用トマト100%、柑橘類9%、リンゴ9%、パイナップル80%、牛乳乳製品56%、牛肉75%、豚肉70%、鶏肉20%、鶏卵17.5%となっている。
需要が変わらなければ、この生産減少分は輸入に置き換わる。
この試算に基づき生産減少で置き換わる農産物の輸入量を計算すると、1628万2000トンになる。
2011年の食品輸入量が3340万7000トンであるから、TPP加入で食品の輸入量は、4968万9000トンに急増し、現在の輸入量の1.48倍になる。
これにより輸入食品の検査体制はどうなるか。
現在、輸入食品の検査は399人の食品衛生監視員によって担われている。
この食品衛生監視員による検査は行政検査といわれているが、検査率は、2011年はわずか2.8%であった。
また、行政検査はモニタリング検査であり、検査結果が出るまで輸入を認めない検疫検査でなく、検査結果が出るのは私たちの食卓に輸入食品が届いてしまった後になる。
11年は、民間の検査機関(登録検査機関)による検査が8.6%を占めていたため、全体の検査率は11.1%になった。
それでも検査率は1割強で、約9割弱の輸入食品は無検査で輸入されていることになる。
このような現在の検査体制でTPP加入により食品の輸入量が1.48倍になれば、全体の検査率は7.5%に落ち込み、行政検査率は1.89%と過去最低の検査率に落ち込むことになる。
とても国民の食の安全を守れるような検査率ではない。
本来、日本のような世界一の食料輸入大国では、食の安全の確保のためには水際の輸入食品の検査体制の強化が不可欠である。
少なくとも輸入食品の検査率を5割に上げるとともに、食品衛生監視員による行政検査を、「輸入食品の検査結果が出た時点ですでに食卓の上」というモニタリング検査でなく、検査結果が出るまでは輸入を認めないという本来の検疫検査にする必要がある。
このためには、食品衛生監視員を現在の399人から約3000人体制に抜本強化しなければ対応できない。
しかし、政府は、このような強化の方向性は持っていない。
(2)危機に直面する残留農薬問題-ポストハーベスト農薬が増加
11年2月1日に外務省は、「TPP交渉の24作業部会において議論されている個別分野」を公表したが、その冒頭に次のような記述がある。
「今後の交渉次第で複数の作業部会の成果が一つの章に統合され、または、『分野横断的事項』作業部会のように作業部会の成果が複数の章に盛り込まれる可能性もある」
ここでは「分野横断的事項」がクローズアップされているが、同事項で検討されているのは、食の安全基準であり、外務省発表文では次のようになっている。
「同一物品に対して適用される基準(例えば食品安全基準)が国によって異なったり、重複する規制が国内規制当局によって適用されたりすることから生じる企業負担を減らすために、今後新たな規制を導入する前に当事国の規制当局同士の対話や協力を確保するメカニズムの構築を目指す」
これは、TPPで企業負担を減らすために、食品安全基準の規制緩和を進めようというものであり、特に輸出国の残留農薬基準を輸入国に適用させようという狙いが明らかである。
ここで注目されるのが、米国通商代表部の「2010年外国貿易障壁報告書」である。
この報告書は、「米国の貿易に対する重大な障壁となるこれら特定の種類の措置及び慣行を確認し、撤廃しようとする本政権の努力を明示している」文書だが、米国政府として、自国にとって「重大な障壁となる措置」を貿易相手国に撤廃させようとしているものである。
この報告書では、「日本は、ポストハーベスト(収穫後)に使用される防カビ剤を食品添加物として分類し、これに対して完全に独立したリスク評価を受けるよう要求している。(略)さらに、日本の食品表示法は、ポストハーベスト防カビ剤を含むすべての食品添加物の販売の小売時点における告知を要求している。(略)このような要求事項は、日本の消費者が米国産品を購入することを不必要に妨げている」と、ポストハーベスト防カビ剤の食品添加物扱いをやめるよう要求している。
さらに、農薬の最大残留基準値についても「日本がコーデックスの国際基準に合致した基準値の実施措置を導入するよう、米国は日本に対して強く求め続ける」としている。
コーデックスとは、FAO(国際連合食糧農業機関)・WHO(世界保健機関)の世界食品規格を策定する国際機関で、WTO協定で国際基準と位置づけられている。
ポストハーベスト防カビ剤は、柑橘類に使われているOPPとTBZ、OPPナトリウム、ジフェニール、さらに柑橘類とバナナに使われているイマザリルの5品目である。
これらが食品添加物から外され残留農薬扱いになれば、食品添加物表示から外れることになり、輸入柑橘類やバナナにおけるポストハーベスト防カビ剤の存在がわからなくなる。
また、残留農薬として使用量が増える可能性があるのに加えて、農薬の最大残留基準値についてコーデックスの国際基準に合致した基準値を導入したらどうなるか。
ちなみにコーデックスの残留農薬基準は、ポストハーベスト農薬の使用を前提としたものである。
収穫後の農薬使用であるから、農薬残留水準は高い。
このコーデックス残留農薬基準がすべての農産物に導入されれば、ポストハーベスト農薬をいくら使ってもなんの問題もなくなる。
TPPに加入すれば、このような米国政府が要求している食品安全基準の緩和やポストハーベスト農薬の使用規制緩和が、TPPによる企業負担を減らすメカニズムによって否応なく迫られることになる。
(3)非関税障壁の撤廃で食品添加物の急増が不可避となる
TTPは、食品安全基準のような非関税障壁による企業負担を減らす規制緩和メカニズムを導入しようとしていが、実はTPPを主導している米国政府は、食品添加物問題でも日本に対して身勝手な要求をしている。
米国通商代表部の「2010年外国貿易障壁報告書」の該当箇所を見てみよう。
「日本の食品添加物の規制は、いくつもの米国食品、特に加工食品の輸入を制限している。米国及び世界中で広く使用されている数多くの添加物が、古い代替品よりは安全と考えられている新しい添加物を含め、日本では認可されていない。(略)2002年、日本は迅速な審査に関する46品目の食品添加物のリストを作成したが、25品目の添加物は、安全に関する広範囲にわたるデータが利用可能であるにもかかわらず、未だ審査及び認可がなされていない。米国政府は、食品添加物のリストの審査を完了して、食品添加物に関する審査のプロセスを迅速にするよう、日米規制改革イニシアティブを通じて日本に強く要請している」
米国で認められている食品添加物で、日本で認められていない食品添加物を使った加工食品は、食品衛生法違反として現在、日本への輸入は認められていない。
そのため米国政府は日本政府に対して、米国で使われていて日本で使用が認められていない食品添加物の審査・認可を一刻も早くするように躍起になっている。
では、米国で使われている食品添加物は、どれくらいあるのか。
米国では、約3000品目の食品添加物が使用を認められているとされている。
それに対して日本は、指定添加物で413品目、既存添加物で419品目と、米国と比べても2000品目以上も少ない状況である。
この差を一気に縮めたいのが米国政府の立場である。
(4)遺伝子組み換え表示の撤廃が交渉目的-TPA法案
遺伝子組み換え表示が守られるかどうかは、消費者の関心事項である。
昨年も米国オレゴン州で安全性の確認されていない未承認の遺伝子組み換えの小麦が作付け地帯で自生していたということで、大問題になった。
これを受け、日本もアメリカ産小麦の入札売り渡しをストップした。
安全性の確認されていない遺伝子組み換え小麦が日本でも流通しかねない事態であった。
それだけに、日本の消費者は、遺伝子組み換え表示がTPP交渉で非関税障壁として撤廃されるのではないかと不安に思っていた。
これに対して日本政府は、TPP交渉でも日米二国間でも、遺伝子組み換え表示の撤廃問題は議題になっていないと説明してきた。
しかし、事実と異なる。米国のTPA大統領貿易促進権限法案は、大統領にTPP貿易交渉権を与える代わりに、詳細にTPP貿易交渉の目的を記載し、それを大統領に実行させることを求めているが、この法案を見れば、米国政府がTPPで何を実現させようとしているかが明らかになる。
内容は広範囲にわたり、物品の貿易、サービス貿易、農産物貿易、外国投資、知的財産、国有企業及び国家管理企業、労働及び環境、通貨などである。
この中に「合衆国を不利にするような諸手法を撤廃させる」として「バイオテクノロジーを含む新科学技術に影響を与えるような、表示といった不当な貿易諸制限ないし商業上の諸義務」を撤廃することが明記されている。
要するに米国政府のTPP交渉目的に、遺伝子組み換え表示の撤廃が明記されているである。
それが米国政府の交渉目的であり、日本政府にそれを求めないということはあり得ないのである。
(5)48時間通関の義務化で検疫の規制緩和
従来TPPは、ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイの4カ国で開始されてきた。
この4カ国のTPP協定(P4協定)が、米国政府が今進めている12カ国によるTPPの有力なたたき台の一つになっている。
そこに盛り込まれている協定内容は、ほぼTPP協定に盛り込まれると見られている。
このP4協定では、通関手続きが独立の章として取り扱われ、ペーパーレス貿易、至急貨物通関などとともに、加盟国は貨物が到着後48時間以内に通関させることを義務づけている。
このような規定を定めているFTA(自由貿易協定)は、日本が締結しているFTAにはない。
日本がTPPに加入すれば、48時間以内通関が義務づけられることになるが、これでいったいどのような事態が生じるのか。
09年の財務省調査によると、日本における一般貨物(海上貨物)の輸入手続き平均所要時間は、62.4時間となっている。
これだけでも、48時間にはだいぶ隔たりがあるが、中でも他法令該当貨物すなわち動植物検疫や食品検疫の対象となる貨物についてみると、48時間の倍近い同92.5時間となる。
なぜ、このような時間になるかといえば、畜産物では動物検疫の検査対象になり、農産物では植物検疫の対象になり、食品では食品検疫の対象になるため、その届け出や検査に時間がかかるからである。
では、48時間以内通関にするために、輸入手続きはどうなるのか。
財務省は、予備審査制と特例輸入申告制度(AEO制度)で時間短縮をするとしている。
予備審査制とは、貨物が日本に到着する前に、あらかじめ税関に予備的な申告を行い、税関の審査を受けておくことができる制度である。
AEO制度とは、貨物のセキュリティ管理と法令遵守の体制が整備された貿易関連業者を税関が認定し、迅速で簡素な通関手続きを提供する制度である。
要は、AEO認定業者が輸入申告した場合は、税関による現物確認検査等はなしで書類審査だけで通関されるというものである。
AEO貨物の通関所要時間はわずか0.1時間とされており、現物確認なしで通関するため、時間が短縮されるのは当然である。
しかし、これはきわめて危険な規制緩和といえる。
米国は、輸入されるコンテナ貨物は100%検査をしている。
それは、テロの脅威を防ぐためである。
日本がテロの脅威の例外となる根拠はない。
さらに、麻薬等の薬物の密輸も横行している中で、このような規制緩和は、日本のリスクを高めるものといえる。
さらに問題なのは、税関の手続き時間を短縮しても、他法令該当貨物、すなわち動植物検疫や食品検疫の時間がどうしてもかかるため、その短縮がなければ48時間をクリアできないことである。
ここで出てくるのが、動植物検疫や食品検疫の規制緩和である。
09年7月6日、日本政府は、「日米間の『規制改革および競争政策イニシアティブ』に関する日米両首脳への第8回報告書」で米国政府に対して「厚生労働省は、関係業界の意見も踏まえ、検疫所における輸入手続きがより効率的に行えるよう引き続きつとめる」ことを約束している。
現に、厚生労働省は米国政府に対して、残留農薬検査で残留農薬基準違反があっても、米国の残留農薬基準が日本と同等の基準の場合は、業界全体の輸入を差し止めないと約束をしている。
以上みてきたように、TPP加入は、日本の農林水産業と食の安全を大きく脅かす可能性をはらんでいるといえよう。
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TPP、食の安全に重大な脅威の懸念~添加物、残留農薬、検疫の規制緩和の問題点
Business Journal 2014.03.08
https://biz-journal.jp/2014/03/post_4327.html
■「農業消滅」の著者が警鐘 「食の安全保障」を確立しなければ危ない食品が日本に集まる
日刊ゲンダイ:2021/11/01
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・「日本の農業は過保護」は大ウソ
――「日本の農業は過保護」はやっぱりウソですか。
日本の農業は過保護だから衰退するというのは真っ赤な嘘、欧米は競争力があるから成長産業になったというのも真っ赤な嘘。
日本は世界で最も農業を保護しない国です。
そうした中でも日本の農家は歯を食いしばって頑張ってきた。
米国では生産コストと所得との差額は政府が補填し、輸出穀物の差額補填に多い年で1兆円も投じています。
それとは別に年間1000億ドル(約11兆円)近い農業予算の6割超を消費者の食料購入支援に回している。
SNAP(補助的栄養支援プログラム)と呼ばれる制度ですが、限界投資効率は1.8と試算され、消費者の購買力を高めて農産物需要を拡大し、農家の販売価格を維持する仕組みです。
下支えのシステムはカナダやEUでも機能しています。
欧米では戦略的に農産業を保護しているがゆえに、成長産業として成り立っているんです。
農業所得のうち補助金が占める割合は英仏9割超に対し、日本は3割程度。
「攻めの農林水産業で輸出額5兆円」なんて夢物語です。
・食料自給は独立国の最低限の備え 世界の常識が日本の非常識
――欧米各国の食料自給率(カロリーベース)は軒並み100%超え。日本は2020年度が前年比1ポイント減の37%で、65年の統計開始以降最低に落ち込み、半世紀で半減しています。どうしてこんなに差が開いたのですか。
食料の安全保障に対する姿勢の違いです。
自国民向けの食料を十分に確保した上で輸出力も蓄えておけば、世界的な災害で物流が止まっても国民が飢えることはない。
戦略物資としても価値があり、褒められた話ではありませんが、兵糧攻めにも利用できる。
国家戦略として食料を輸出しているのです。
だから多額の補助金を投じて農業を守る。
「攻撃的保護」と言ってもいいかもしれません。
命を守り、環境を守り、国土や国境を守る産業は国が支える。
それが諸外国の覚悟です。
食料自給は独立国の最低限の備え。
世界の常識が日本の非常識なんです。
オスプレイをかじっても空腹は満たされないでしょう。
――「安全保障」「戦略物資」「国家戦略」などはタカ派が多用するフレーズですが、食料については吠えません。なぜ農業は冷遇されるのですか。
さかのぼれば対日占領政策に行き着きます。
日本の農業をズタズタにし、米国産に依存する構造をつくれば、日本を完全にコントロールできる。
総仕上げの段階にきていると言っていいでしょう。
主要穀物の自給率は小麦15%、大豆6%、トウモロコシ0%。食料を十分に自前調達できない日本の最後の頼みの綱がコメで、コメだけは確保できるというストーリーさえも崩れ去ろうとしている。
貿易自由化もこうした傾向に拍車をかけました。
自動車分野の輸出増加を狙う日本は、農業をいけにえとして差し出した。
TPP11によって農産業は1.3兆円の打撃を受け、自動車は2.8兆円潤った。
自由化は自動車の独り勝ちです。
経産省内閣と呼ばれた第2次安倍政権以降、農業犠牲は徹底しています。
食の安全保障はまず量の確保。
そして質、安全性も非常に重要です。
――安全基準もなし崩しです。
米国に突き付けられた農薬や添加物の基準緩和を求めるリストは膨大で、日本は順次緩めている状況です。
国内では認可されていないのに、輸入に対してはザル。
成長ホルモン剤についても同様です。
EUは「エストロゲン」を投与して育てた牛肉を禁輸していますが、日本には米国産や豪州産、カナダ産としてどんどん入ってきている。
乳製品にも同じことが言えて、ウォルマートやスターバックス、ダノンが不使用にしているrBST(遺伝子組み換え牛成長ホルモン)を使用した商品が輸入・販売されている可能性があります。
米国で富裕層に人気があるというホルモンフリーの牛肉は4割高で流通しているとも聞く。
危ない食品はこぞって日本向けになっていませんか、ということなんです。
種子法廃止や種苗法改定などによって、米政府をバックにしたグローバル企業から遺伝子組み換え(GM)の種子を高値で押し付けられ、農産物を買い叩かれる不安も高まっています。
――安い商品を買い求めるのが「賢い消費者」という雰囲気はあります。
安いものには必ずワケがあります。
日本の農家をこれ以上痛めつけてはいけない。
日本人が飢える状況が起こり得ることを認識し、食料自給率を引き上げる努力が必要です。
安全安心の国産を食べることは健康リスクを低減し、長期的には安上がりにもなる。
消費者を守れば生産者が守られる。
生産者を守れば消費者が守られる。
「農業は国の本なり」を確立しなければ未来はありません。
農家のみなさんは誠実で義理人情に厚い。官邸農政には怒っていても、地元選出の議員を応援し続けている。
義理や人情を重んじ、弱きを助け強きをくじき、体を張る――。
政治家にはこうした任侠の精神を取り戻してもらいたい。
真実を語れば風当たりは強くなりますが、若い世代を矢面に立たせるわけにはいかない。
だから、私のような老人こそが盾にならねばとの思いを強くしています。
私も任侠を持った研究者でありたいですね。
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「農業消滅」の著者が警鐘 「食の安全保障」を確立しなければ危ない食品が日本に集まる
日刊ゲンダイ:2021/11/01
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/296709
■日本の食と農が危ない!―私たちの未来は守れるのか(中) 東京大学教授・鈴木宣弘
長周新聞 2021年1月22日
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・農協改革の目的は「農業所得の向上」ではない~外資が狙う150兆円の資産
つまり、農協改革の目的が「農業所得の向上」というのは名目で、①信用・共済マネーの掌握に加えて、②共販を崩して農産物をもっと安く買い叩きたい企業、③共同購入を崩して生産資材価格を吊り上げたい企業、④JAと既存農家が潰れたら農業参入したい企業が控える。
規制改革推進会議の答申の行間は、そのように読めなくもない。
だから、「農協改革」という名目の農協解体と、JAみずからの自己改革は、峻別して考える必要がある。
農家や地域住民にいっそう役立つための徹底的な改善を図る自己改革は不可欠だが、先方(解体を目論む側)にとってはどうでもいいことで、農業所得向上に向けた、優れた自己改革案を出せば乗り切れるというのは見当違いである。
准組合員規制を人質にして「どちらを選ぶか」と言われて、順に要求を呑まされていったら、気が付いたら何も残っていない。
「傷が浅いほうを呑む」たたかいを続けていては、先方の術中にはまり、やがては、なし崩し的に息の根を止められる。共販から買取販売に切り替えていく数値目標を決めて政府に報告しないといけない理由がどこにあるのだろうか。
そもそも、こうした要請は憲法22条と29条に基づく「営業の自由」に抵触するので本来は拘束力を持ちえない。
①については、郵政解体の経緯を振り返るとわかりやすい。
米国の金融保険業界が日本の郵貯マネー350兆円の運用資金がどうしてもほしいということで、「対等な競争条件」の名目で解体(民営化)せよと言われ、小泉政権からやってきた。
ところが、民営化したかんぽ生命を見て米がん保険のA社から「これは大きすぎるから、これとは競争したくない。TPPに日本が入れてもらいたいのなら、『入場料』としてかんぽ生命はがん保険に参入しないと宣言せよ」と迫られ、所管大臣はしぶしぶと「自主的に」(=米国の言うとおりに)発表した。
それだけでは終わらず、その半年後には、全国の2万戸の郵便局でA社の保険販売が始まった。
さらに、それだけでは終わらなかった。
最近、かんぽ生命の過剰ノルマによる利用者無視の営業問題が騒がれた。
その少し前、日本郵政がA社に2700億円を出資し、近々、日本郵政がA社を「吸収合併」するかのように言われているが、実質は「(寄生虫に)母屋を乗っ取られる」危険がある。
かんぽ生命が叩かれているさなか、「かんぽの商品は営業自粛だが、(委託販売する)A社のがん保険のノルマが3倍になった」との郵便局員からの指摘が、事態の裏面をよく物語っている。
要するに「市場を全部差し出せば許す」ということだ。
これがまさに米国のいう「対等な競争条件」の実態であり、それに日本が次々と応えているということである。
郵貯マネーにめどが立ったから、次に喉から手が出るほどほしいのは、信用・共済あわせて運用資金150兆円のJAマネーである。
これを必ず握るまで終わらないというのが彼らの意思である。
米国は、日本の共済に対する保険との「対等な競争条件」を求めているが、保険と共済は違うのだから、それは不当な攻撃である。
相互扶助で命と暮らしを守る努力を国民に理解してもらうことが最大の防御である。
准組合員の利用規制は法律に抵触する。
農協法12条の「組合員資格」では、准組合員は正組合員とともに「組合員」を構成しており、議決権は付与されていないが事業利用権は付与されている。
さらにICA(国際協同組合同盟)宣言は、自主的で開かれた組合員制(第1原則)、地域コミュニティの持続可能な発展に努めること(第7原則)を掲げている。
つまり、准組合員やそれ以外の地域住民全体への貢献をめざすのが協同組合の真髄なのであって職能組合であるべきという論理とは相容れない。
農があって食が提供できて地域のみなさんの暮らしも成り立つ。
その地域のみなさんにも信用事業や共済事業を利用してもらうことで、そこに集まってくる資金の一部を農業振興(本来的にサービスで赤字の持ち出しが必然)に還元する。
結局は自分たちの食をみんなで支えるというサイクルを農協が地域で回している。
まさに「共助」「共生」である。
全国では、例えば、平成25事業年度で営農指導事業の経常ベースの部門赤字額は1100億円(1億5500万円/1JA)、これを信用事業で303億円、共済事業で212億円、農業関連事業(販売・購買)で466億円、生活事業等で118億円負担している。
農協を核に、地域の農と食と暮らしが循環する。
信用・共済事業を切り離せというのなら、それでは農業振興ができなくなるのだから、農協は農業振興を、という話と矛盾する。
農業振興をせよというなら、信用・共済事業は切り離せないということになる。
②③については、協同組合による共販・共同購入が独禁法の「適用除外」になっている(独禁法22条)のが不当だとする要求も強まっている。
共販・共同購入を崩せば、農産物をもっと安く買い、資材を高く販売できるからである。
しかも、「適用除外」がすぐにできないなら、解釈変更で独禁法の適用を強化して実質的に「適用除外」をなし崩しにするという「卑劣な」手法が強化されつつあることは看過できない。
独禁法の厳格適用を恐れてはいけない。萎縮効果を狙った動きに過剰に反応したら、思う壺にはまる。
世界的にも認められている共販の権利は堂々と主張し続けるべきである。
近年、EUでは、2009年に飼料価格高騰による酪農家の苦境を経験し、2015年からの生乳の生産調整の廃止に伴う乳価下落の影響も懸念されていた。
そうした事態の酪農への影響を緩和するには、寡占化した加工・小売資本が圧倒的に有利に立っている現状の取引交渉力バランスを是正することにより,公正な生乳取引を促すことが必要との判断から、2011年に「ミルク・パッケージ」政策が打ち出された。
その政策の一環として、独禁法の適用除外の生乳生産者団体の組織化と販売契約の明確化による取引交渉力の強化が進められている。
頻発するバター不足の原因が酪農協(指定団体)によって酪農家の自由な販売が妨げられていることにあるとして、「改正畜安法(畜産経営の安定に関する法律)」で酪農協が二股出荷を拒否してはいけないと規定して酪農協の弱体化を推進する我が国の異常性が際立っている。
かつ、これに先立つ農協法改正で専属利用契約(組合員が生産物を農協を通じて販売する義務など)は削除され、加えて事業の利用義務を課してはならないと新たな規定を設けてしまっている。
案の定、「酪農家が販路を自由に選べる公平な事業環境に変える」と政権が畜安法改定の意義を強調し、生乳流通自由化の期待の星と規制改革推進会議がもてはやした会社が2019年11月末頃から一部酪農家からの集乳を停止した。
乳質問題を理由にしているが、需給調整機能を持たずに集乳を拡大して販売に行き詰まったものと推察される。
そもそも、畜安法の改定は、我が国でも独占禁止法の適用除外として認められている権利を損なう内容であり、専属利用契約を削除した農協法の改定とともに独占禁止法と矛盾する改定がおこなわれている問題点も含め、再検証が必要と思われる。
(中略)
・種苗法改定による自家増殖制限は海外依存を促進する
昨年12月、種苗法が改定され、農家による種の自家採種を認めてきた条項(21条2項)を削除し、農家であっても登録品種を無断で自家採種してはいけないことにした。
新品種の登録にあたって、その利用に国内限定や栽培地限定の条件を付けられるようにした。
これによって「国内種苗の海外流出が防止できる」と説明されてきたが、現実には農家の自家増殖が海外流出につながった事例は確認されていない。
決め手は現地(海外)での品種登録で、種苗法改定とは別である。
むしろ、「種子法廃止→農業競争力強化支援法8条4項→種苗法改定」で、コメ麦大豆の公共の種事業をやめさせ、その知見を海外も含む民間企業へ譲渡せよと要請し、次に自家増殖を制限したら、企業に渡った種を買わざるを得ない状況をつくる。
つまり、自家増殖制限は種の海外依存を促進しかねない。
種苗法改定の最大の目的は、知財権の強化による企業利益の増大=種を高く買わせることである。
TPPで製薬会社から莫大な献金をもらった米国共和党議員が新薬のデータ保護期間を延長して薬価を高く維持しようとしたのと基本構造は同じである。
安全保障の要である食料の、その源は種である。
野菜の種は日本の種苗会社が主流とはいえ、種採りの9割は外国の圃場だ。
種まで遡ると野菜の自給率は8割でなく8%しかない。
コロナ禍で海外からの種の供給にも不安が生じた。
さらに、コメ麦大豆も含めて自家増殖が制限され、海外依存が進めば、種=食料確保への不安が高まる。
「種は誰のものなのか」ということをもう一度考え直す必要がある。
種は何千年もみんなで守り育ててきたものである。
それが根付いた各地域の伝統的な種は地域農家と地域全体にとって地域の食文化とも結びついた一種の共有資源であり、個々の所有権は馴染まない。
育成者権はそもそも農家の皆さん全体にあるといってもよい。
種を改良しつつ守ってきた長年の営みには莫大なコストもかかっているといえる。
そうやって皆で引き継いできた種を「今だけ、金だけ、自分だけ」の企業が勝手に素材にして改良し登録してもうけるのは、「ただ乗り」して利益を独り占めする行為だ。
だから、農家が種苗を自家増殖するのは、種苗の共有資源的側面を考慮すると、守られるべき権利という側面がある。
諸外国においても、米国では特許法で特許が取られている品種を除き、種苗法では自家増殖は禁止されていない。
EUでは飼料作物、穀類、ばれいしょ、油糧及び繊維作物は自家増殖禁止の例外に指定されている。
小規模農家は許諾料が免除される。
「知的所有権と公的利益のバランス」を掲げるオーストラリアは、原則は自家増殖可能で、育成者が契約で自家増殖を制限できる(印鑰智哉氏、久保田裕子氏)。
「育種家の利益増大=農家負担の増大」が必然である。
育種しても利益にならないのならやる人がいなくなる。
しかし、農家の負担増大は避けたい。
そこで公共の出番である。
育種の努力が阻害されないように、よい育種が進めば、それを公共的に支援して、育種家の利益も確保し、使う農家も自家採種が続けられるよう、育種の努力と使う農家の双方を公共政策が支えるべきではないだろうか。
・日米政権のオトモダチ企業に便宜供与する構造
問題は、農水省の担当部局とは別の次元で、一連の「種子法廃止→農業競争力強化支援法8条4項→種苗法改定」を活用して、「公共の種をやめてもらい→それをもらい→その権利を強化してもらう」という流れで、「種を制する者は世界を制する」との言葉の通り、種を独占し、それを買わないと生産・消費ができないようにしてもうけるのを行動原理とするグローバル種子企業が南米などで展開してきたのと同じ思惑が、「企業→米国政権→日本政権」への指令の形で「上の声」となっている懸念である。
全農の株式会社化もグローバル種子企業と穀物メジャーの要請で農協「改革」に組み込まれた。
子会社の全農グレインがNon-GM(非遺伝子組み換え)穀物を日本に分別して輸入しているのが目障りだが、世界一の船積み施設を米国に持っているので買収することにしたが、親組織の全農が協同組合だと買収できないので、米国からの指令を一方的に受け入れる日米合同委員会で全農の株式会社化が命令された。
消費者庁は「遺伝子組み換えでない」という表示を実質できなくする「GM非表示」化方針を出した。
これも日本の消費者の要請に応えたかのように装いながら、グローバル種子企業からの要請そのままである。
しかも、消費者庁の検討委員会には米国大使館員が監視に入っていたという。
カリフォルニアではGM種子とセットのグリホサート(除草剤)で発がんしたとしてグローバル種子企業に多額の賠償判決(①早い段階から、その薬剤の発がん性の可能性を企業が認識していたこと、②研究者にそれを打ち消すような研究を依頼していたこと、③規制機関内部と密接に連携して安全だとの結論を誘導しようとしていたこと、④グリホサート単体での安全性しか検査しておらず、界面活性剤と合わさったときに強い毒性が発揮されることが隠されていること、などが窺える企業の内部文書が判明)がいくつも下り、世界的にグリホサートへの逆風が強まる中、それに逆行して、日本はグリホサートの残留基準値を極端に緩和した。
ゲノム編集(切り取り)では、予期せぬ遺伝子喪失・損傷・置換が世界の学会誌に報告されているのに、米国に呼応し、GMに該当しないとして野放しになった(届け出のみでよく、最低限の選ぶ権利である表示も消費者庁は求めたが、圧力で潰され義務化されず、2019年10月1日解禁された。消費者は何もわからないままゲノム食品を食べることになる)。
遺伝子操作の有無が追跡できないため、国内の有機認証にも支障をきたすし、ゲノム編集の表示義務を課しているEUなどへの輸出ができなくなる可能性がある(印鑰智哉氏)。
現在、GMについては、大豆油、しょうゆなどは、国内向けはGM表示がないが、EU向けには「遺伝子組み換え」と表示して輸出している。
M社(GM種子と農薬販売)とドイツのB社(人の薬販売)の合併は、米麦もGM化され、種の独占が進み、病気になった人をB社の薬で治す需要が増えるのを見込んだ「新しいビジネスモデル」だという声さえある。
民間活力の最大限の活用、民営化、企業参入、と言っているうちに、気が付いたら国が実質的に「乗っ取られていた」という悪夢はさまざまな角度から進行しかねない。
すべてにおいて従順に従う日本がグローバル種子企業の格好の標的(ラスト・リゾート)になりかねない。
なぜ、ここまで、国内の特定企業だけでなく、米国の特定企業への便宜供与が次々と続くのか。
TPPにおいて日米間で交わされたサイドレター(補足文書)について、TPPが破棄された場合、サイドレターに書かれている内容には拘束されないのかという国会での質問に対して、2016年12月9日に岸田外務大臣(当時)は「サイドレターに書いてある内容は日本が“自主的に”決めたことの確認であって、だから“自主的に”実施して行く」と答えた。
日本政府が「自主的に」と言ったときには、「アメリカの言う通りに」と意味を置き換える必要がある。
つまり、今後もTPPがあろうがなかろうが、こうしたアメリカの要求に応えるだけの姿勢を続けるのかというのが根本的な問題だということだ。
サイドレターには、規制改革について「外国投資家その他利害関係者から意見及び提言を求める」とし、「日本国政府は規制改革会議の提言に従って必要な措置をとる」とまで書かれている。
その後の規制改革推進会議による提言は、種子関連の政策を含め、このサイドレターの合意を反映しているということである。
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日本の食と農が危ない!―私たちの未来は守れるのか(中) 東京大学教授・鈴木宣弘
長周新聞 2021年1月22日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/19886
■日本の食と農が危ない!―私たちの未来は守れるのか(下) 東京大学教授・鈴木宣弘
長周新聞 2021年1月28日
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・米国人が食べないものを日本に送るのか~日本人は家畜ではない
米国の穀物農家は、日本に送る小麦には、発がん性に加え、腸内細菌を殺してしまうことで様々な疾患を誘発する除草剤成分グリホサートを雑草でなく麦に直接散布して枯らして収穫し、輸送時には、日本では収穫後の散布が禁止されている農薬のイマザリルなど(防カビ剤)を噴霧し、「これは〇〇(日本人への蔑称)が食べる分だからいいのだ」と言っていた、との証言が、米国へ研修に行っていた日本の農家の複数の方から得られている。
グリホサートについては、日本の農家も使っているではないか、という批判があるが、日本の農家はそれを雑草にかける。
それが問題なのではない。
農家の皆さんが雑草にかけるときも慎重にする必要はあるが、いま、問題なのは、米国からの輸入穀物に残留したグリホサートを日本人が世界で一番たくさん摂取しているという現実である。
農民連分析センターの検査によれば、日本で売られているほとんどの食パンからグリホサートが検出されているが、当然ながら、国産や十勝産と書いてある食パンからは検出されていない。
しかも、米国で使用量が増えているので、日本人の小麦からのグリホサートの摂取限界値を6倍に緩めるよう要請され、2017年12月25日、クリスマス・プレゼントとして緩めた。
残念ながら、日本人の命の基準値は米国の必要使用量から計算されるのである。
ユーチューブで公開されている動画の中で、米国穀物協会幹部エリクソン氏は、「小麦は人間が直接口にしますが、トウモロコシと大豆は家畜のエサです。米国の穀物業界としては、きちんと消費者に認知されてから、遺伝子組み換え小麦の生産を始めようと思っているのでしょう」とのべている。
トウモロコシや大豆はメキシコ人や日本人が多く消費することをどう考えているのかがわかる。
われわれは「家畜」なのだろうか。
また同じく、米国農務省タープルトラ次官補は「実際、日本人は一人あたり、世界で最も多く遺伝子組み換え作物を消費しています」とのべている。
「今さら気にしても遅いでしょう」というニュアンスである。
小麦も、牛肉も、乳製品も、果物も、安全性を犠牲にすることで安くダンピングした「危ないモノ」は日本向けになっているが、命を削る安さは安くない。
日本では、まさか小麦にグリホサートはかけないし、乳牛にrBST、肥育牛にエストロゲンも投与しない。
コロナ・ショックの教訓とともに、得られるメッセージは単純明快である。
国産の安全・安心なものに早急に切り替えるしかないということである。
・真に強い農業とは~ホンモノを提供する生産者とそれを支える消費者との絆
真に強い農業とは何か――。
規模拡大してコストダウンすれば強い農業になるだろうか。
規模の拡大を図り、コストダウンに努めることは重要だが、それだけでは、日本の土地条件の制約の下では、オーストラリアや米国に一ひねりで負けてしまう。
同じ土俵では勝負にならない。
少々高いけれども、徹底的に物が違うからあなたの物しか食べたくない、という人がいてくれることが重要だ。
そういうホンモノを提供する生産者とそれを理解する消費者との絆、ネットワークこそが強い農業ではないか。
結局、安さを求めて、国内農家の時給が1000円に満たないような「しわ寄せ」を続け、海外から安いものが入ればいい、という方向を進めることで、国内生産が縮小することは、ごく一部の企業が儲かる農業を実現したとしても、国民全体の命や健康、そして環境のリスクは増大してしまう。
自分の生活を守るためには、国家安全保障も含めた多面的機能の価値も付加した価格が正当な価格であると消費者が考えるかどうかである。
スイスの卵は国産一個60~80円もする。
輸入品の何倍もするが、それでも国産卵のほうが売れていることを筆者も目の当たりにした。
国産卵を買っていた小学生くらいの女の子にインタビューをした人によると、女の子は「これを買うことで生産者の皆さんの生活も支えられ、そのおかげで私たちの生活も成り立つのだから、当たり前でしょう」と簡単に答えたという。
割高な国産卵が売れる原動力は、消費者サイドが食品流通の5割以上のシェアを持つ生協に結集して、農協なども通じて生産者サイドに働きかけ、ホンモノの基準を設定・認証して、健康、環境、動物愛護、生物多様性、景観に配慮した生産を促進し、その代わり、できた農産物に込められた多様な価値を価格に反映して消費者が支えていくという強固なネットワークを形成できていることにある。
そして、価格に反映しきれない部分は、全体で集めた税金から対価を補填する。
これは保護ではなく、様々な安全保障を担っていることへの正当な対価である。
それが農業政策である。
農家にも最大限の努力はしてもらうのは当然だが、それを正当な価格形成と追加的な補填(直接支払い)で、全体として、作る人、加工する人、流通する人、消費する人、すべてが持続できる社会システムを構築する必要がある。
イタリアの水田の話が象徴的である。水田にはオタマジャクシが棲める生物多様性、ダムの代わりに貯水できる洪水防止機能、水をろ過してくれる機能、こうした機能に国民はお世話になっているが、それをコメの値段に反映しているか。
十分反映できていないのなら、ただ乗りしてはいけない。
自分たちがお金を集めて別途払おうじゃないか、という感覚が税金からの直接支払いの根拠になっている。
根拠をしっかりと積み上げ、予算化し、国民の理解を得ている。筆者らが2008年に訪問したスイスの農家では、豚の食事場所と寝床を区分し、外にも自由に出て行けるように飼うと230万円、草刈りをし、木を切り、雑木林化を防ぐことで、草地の生物種を20種類から70種類に増加させることができるので、それに対して170万円、というような形で財政からの直接支払いがおこなわれていた。
個別具体的に、農業の果たす多面的機能の項目ごとに支払われる直接支払額が決められているから、消費者も自分たちの応分の対価の支払いが納得でき、直接支払いもバラマキとは言われないし、農家もしっかりそれを認識し、誇りをもって生産に臨める。
このようなシステムは日本にない。
さらに、米国では、農家にとって必要な最低限の所得・価格は必ず確保されるように、その水準を明示して、下回ったら政策を発動するから安心してつくって下さい、というシステムを完備している。
米国は、コメを一俵4000円(日本円換算)で売っても1万2000円(同)との差額の100%が政府から補填され、農家への補填額が穀物の輸出向け分だけで1兆円規模になる年もあるほど、農家への所得補填の仕組みも驚くほど充実している。
・消費者補助で生産者を支える仕組み
ところが、驚くのは早い。
もう一つのポイントは消費者支援策である。
米国の農業予算は年間1000億㌦(約11兆円)近いが、驚くことに予算の8割近くは「栄養(Nutrition)」、その8割はSupplemental Nutrition Assistance Program (SNAP)と呼ばれる低所得者層への補助的栄養支援プログラムに使われている。
なぜ、消費者の食料購入支援の政策が、農業政策の中に分類され、しかも64%も占める位置づけになっているのか。
この政策の重要なポイントはそこにある。
つまり、これは、米国における最大の農業支援政策でもあるのである。
消費者の食料品の購買力を高めることによって、農産物需要が拡大され、農家の販売価格も維持できるのである。
経済学的に見れば、農産物価格を低くして農家に所得補填するか、農産物価格を高く維持して消費者に購入できるように支援するか、基本的には同様の効果がある。
米国は農家への所得補填の仕組みも驚異的な充実ぶりだが、消費者サイドからの支援策も充実しているのである。
まさに、両面からの「至れり尽くせり」である。
これが食料を守るということだ。
農業政策を意図的に農家保護政策に矮小化して批判するのは間違っている。
農業政策は国民の命を守る真の安全保障政策である。
こうした本質的議論なくして食と農と地域の持続的発展はない。
カナダ政府が30年も前からよく主張している理屈でなるほどと思ったことがある。
それは、農家への直接支払いというのは生産者のための補助金ではなく、消費者補助金なのだというのだ。
なぜかというと、農産物が製造業のようにコスト見合いで価格を決めると、人の命にかかわる必需財が高くて買えない人が出るのは避けなくてはならないから、それなりに安く提供してもらうために補助金が必要になる。
これは消費者を助けるための補助金を生産者に払っているわけだから、消費者はちゃんと理解して払わなければいけないのだという論理である。
この点からも、生産サイドと消費サイドが支え合っている構図が見えてくる。
米国の言いなりに何兆円も武器を買い増すのが安全保障ではない。
いざというときに食料がなくてオスプレイをかじることはできない。
食料・農林水産業政策は、国民の命、環境・資源、地域、国土・国境を守る最大の安全保障政策だ。
高村光太郎は「食うものだけは自給したい。個人でも、国家でも、これなくして真の独立はない」と言ったが、「食を握られることは国民の命を握られ、国の独立を失うこと」だと肝に銘じて、国家安全保障確立戦略の中心を担う農林水産業政策を再構築すべきである。
国民が求めているのは、日米のオトモダチのために際限なく国益を差し出すことではなく、自分たちの命、環境、地域、国土を守る安全な食料を確保するために、国民それぞれが、どう応分の負担をして支えていくか、というビジョンとそのための包括的な政策体系の構築である。
・自由化は農家だけでなく国民の命と健康の問題
農産物貿易自由化は農家が困るだけで、消費者にはメリットだ、というのは大間違いである。
いつでも安全・安心な国産の食料が手に入らなくなることの危険を考えたら、自由化は、農家の問題ではなく、国民の命と健康の問題なのである。
つまり、輸入農水産物が安い、安いといって選んでいるうちに、エストロゲンなどの成長ホルモン、成長促進剤のラクトパミン、遺伝子組み換え、除草剤の残留、イマザリルなどの防カビ剤などリスク満載になっている。
これを食べ続けると病気の確率が上昇するなら、これは安いのではなく、こんな高いものはない。
日本で、十分とは言えない所得でも奮闘して、安心・安全な農水産物を供給してくれている生産者をみんなで支えていくことこそが、実は、長期的には最も安いのだということ、食に目先の安さを追求することは命を削ること、それで子や孫の世代に責任を持てるのかということだ。
福岡県の郊外のある駅前のフランス料理店で食事したときに、そのお店のフランス人の奥様が話してくれた内容が心に残っている。
「私たちはお客さんの健康に責任があるから、顔の見える関係の地元で旬にとれた食材だけを大切に料理して提供している。そうすれば安全で美味しいものが間違いなくお出しできる。輸入物は安いけれど不安だ」と切々と語っていた。
牛丼、豚丼、チーズが安くなってよかったと言っているうちに、気がついたら乳がん、前立腺がんが何倍にも増えて、国産の安全・安心な食料を食べたいと気づいたときに自給率が1割になっていたら、もう選ぶことさえできない。
除草剤入り食パンは如実に語る。国産を食べないと病気になる。早急に行動を起こさないと手遅れになる。
そして、日本の生産者は、自分達こそが国民の命を守ってきたし、これからも守るとの自覚と誇りと覚悟を持ち、そのことをもっと明確に伝え、消費者との双方向ネットワークを強化して、地域を喰いものにしようとする人を跳ね返し、安くても不安な食料の侵入を排除し、自身の経営と地域の暮らしと国民の命を守らねばならない。
消費者はそれに応えてほしい。
それこそが強い農林水産業である。コロナ・ショックを転換の機会にしなくてはならない。
・武器としての食料~胃袋から支配する米国
例えば、米国では、食料は「武器」と認識されている。
米国は多い年には穀物3品目だけで1兆円に及ぶ実質的輸出補助金を使って輸出振興しているが、食料自給率100%は当たり前、いかにそれ以上増産して、日本人を筆頭に世界の人々の「胃袋をつかんで」牛耳るか、そのための戦略的支援にお金をふんだんにかけても、軍事的武器より安上がりだ、まさに「食料を握ることが日本を支配する安上がりな手段」だという認識である。
ただでさえ、米国やオセアニアのような新大陸と我が国の間には、土地などの資源賦存条件の圧倒的な格差が、土地利用型の基礎食料生産のコストに、努力では埋められない格差をもたらしているのに、米国は、輸出補助金ゼロの日本に対して、穀物3品目だけで1兆円規模の輸出補助金を使って攻めてくるのである。
ブッシュ元大統領は、国内の食料・農業関係者には必ずお礼を言っていた。
「食料自給はナショナル・セキュリティの問題だ。皆さんのおかげでそれが常に保たれている米国はなんとありがたいことか。それにひきかえ、(どこの国のことかわかると思うけれども)食料自給できない国を想像できるか。それは国際的圧力と危険にさらされている国だ。(そのようにしたのも我々だが、もっともっと徹底しよう)」と。
また1973年、バッツ農務長官は「日本を脅迫するのなら、食料輸出を止めればよい」と豪語した。
さらには、農業が盛んな米国ウィスコンシン大学の教授は、農家の子弟が多い講義で「食料は武器であって、日本が標的だ。直接食べる食料だけじゃなくて、日本の畜産のエサ穀物を米国が全部供給すれば日本を完全にコントロールできる。これがうまくいけば、これを世界に広げていくのが米国の食料戦略なのだから、みなさんはそのために頑張るのですよ」という趣旨の発言をしていたという。
戦後一貫して、この米国の国家戦略によって我々の食は米国にじわじわと握られていき、いまTPP合意を上回る日米の二国間協定などで、その最終仕上げの局面を迎えている。
故宇沢弘文教授は、友人から聞いた話として、米国の日本占領政策の二本柱は、①米国車を買わせる、②日本農業を米国農業と競争不能にして余剰農産物を買わせる、ことだったと述懐している。
占領政策はいまも同じように続いているのである。
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日本の食と農が危ない!―私たちの未来は守れるのか(下) 東京大学教授・鈴木宣弘
長周新聞 2021年1月28日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/19976
■欧米ではどんどん減っているのに なぜ、日本人ばかりが「がん」で死ぬのか
週刊現代(講談社)2014.10.14
■食の安全先進国フランスで禁止、でも日本では食べられる食品の数々
女性セブン 2020.04.12
■ガラパゴス化する日本の食品安全行政
Yahoo!ニュース 2015/6/23 猪瀬聖
■政府の農協改革、裏に米国の強力な圧力が発覚
「JAバンクは農協と信用農協、農林中央金庫で構成され預金残高は90兆円」
「米国政府と米国金融、保険の多国籍企業、日本政府に対して絶えず圧力をかけている」
Business Journal(2015.09.01)
■日本はなぜ、アメリカに金を盗まれるのか?
~狙われる日本人の金融資産~
(著者:ベンジャミン・フルフォード、発売日:2015年06月、出版社:メディアックス)
「米国は、TPPで郵政、年金、農協マネー総額500兆円の収奪を企てる」
「アベノミクスからTTP問題で日本の富を奪う」
ベンジャミンフルフォード『フォーブス』元アジア太平洋局長
・楽天ブックス
https://a.r10.to/hD8Oic
■「日本経済は植民地化される」
~TPPに隠されたアメリカの卑劣な手口~
・悪魔のTPP、アメリカの真の狙いは何か
・そして、日本の富は略奪される
ダイヤモンドオンライン 2014.2.3
菊池英博:日本金融財政研究所所長
■『農業消滅』著者・鈴木宣弘教授が警鐘を鳴らす
危ない食品が日本に集まる
安全保障の要である食料は、なぜ置き去りにされるのか
日刊ゲンダイ 動画 2021/11/01
■メガFTA動き出す 農と食にどんな影響が出てくるか
Yahoo!ニュース 2020/3/8 大野和興
■【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】日米貿易協定の虚実~国会承認はあり得ない(2019年11月28日 参議院外交防衛委員会 発言要旨)
JAcom 農業協同組合新聞 2019年11月28日
■EUで使用禁止の農薬が大量に日本へ
Yahoo!ニュース 2020/9/12 猪瀬聖
■「絶対食べるな!海外で禁止されている食べ物3選」を世界一わかりやすく要約してみた
YouTube 2021/12/20 本要約チャンネル
■TPP「食の危険」これでは遺伝子組み換えのゴミ捨て場に10/27衆院・TPP特別委員会
YouTube 2016/10/27 yzjps
■安倍政権、日本の農業を根絶せしめる愚行…ひっそり種子法廃止で
・外国産や遺伝子組み換えの米が蔓延する危険
「食料を支配された国は、まちがいなく主権を奪われます。66年前に主権を回復した日本は今またそれを自ら放棄しようとしています」
Business Journal 2018.03.15
■【安倍政権以降、自民党政権が反日・売国政権であることはご存知でしたでしょうか?】
・安倍政権が切り捨てる日本の食と農。日本だけが輸入する危険な食品<鈴木宣弘氏>
「日本の食と農が崩壊する!」
「日本にだけ輸出される危険な食品」
「安倍政権には、日本の食の安全を守る気がありません」
ハーバー・ビジネス・オンライン(扶桑社) 2019.12.22
■【安倍政権以降、自民党政権が反日・売国政権であることはご存知でしたでしょうか?】
・日本農業を売り渡す安倍政権
「日本中枢に巣食う売国勢力」
「ハゲタカが支配する農業への転換」
JAcom 農業協同組合新聞 2016年12月31日 【植草一秀(政治経済学者)】
■【安倍政権以降、自民党政権が反日・売国政権であることはご存知でしたでしょうか?】
迫る食料危機! 私たちの食と農を守るためにできること㊤ 東京大学大学院教授・鈴木宣弘
・行政を縛る米国の圧力
「日本が農業を守る政策をとれない背景には、米国の圧力があることも理解しなければならない」
長周新聞 2022年11月4日
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