起業した理由とは?
柳橋仁機/株式会社カオナビ創業者
大きく3つのことがあります。
アイスタイル創業者の吉松徹郎さんが大学の先輩で、彼が1999年にアイスタイルを創業した時、学生だった私は最初のメンバーとして立ち上げを手伝ったのです。
アパートの一室に古い机をもらってくることが最初の仕事でした(笑)。
私の父親は公務員なので、それまでは企業経営には無縁でしたが、ものすごく身近で起業を見ることができたわけです。
その時、「この人ができるなら自分だってできる」と思い込んでしまったのです。
後で大いなる勘違いだったと知りましたが(笑)。
2つめは、プロダクトビジネスへの思いです。
1社目はアクセンチュアというコンサルティング会社で、優秀な人材が稼働するモデルに憧れて入社しました。
ところが実際は労働力を提供して稼ぐことになるので、疲弊が伴うわけです。
徐々にそこに魅力を感じなくなっていきました。
一方、「iPhone」が登場して、その開発ストーリーを読んだときに、労働力ではなくプロダクトで疲弊せず稼ぐことができる。
そこに魅力を感じたのです。
3つめは、死生観の変化です。
祖父は亡くなっていましたが、両親は今も健在で身近に“死”を感じる機会もなく過ごしていました。
ところが、独立する直前の32歳の時に高校時代からの大親友が大腸がんで亡くなったのです。
罹患が判明して数カ月でした。
「人はこうも簡単に死んでしまうのか」とリアルに感じたんですね。
自分もそうなるかもしれない。
そう思うと上記の、2つの思いがあるのならば、今すぐ起業すべきだと背中を押されたのです。
ろくにプランを考えないまま飛び出したのは、そのせいでしたね。
柳橋仁機(カオナビ創業者)とは?
柳橋仁機。
1978年生まれ。
2000年3月東京理科大学大学院 基礎工学研究科 電子応用工学専攻 修了。
2000年6月アクセンチュア株式会社 入社。教育機関や官公庁の業務改革プロジェクトにて、業務基盤の整備や大規模データベースシステムの開発業務に従事する。
2002年7月株式会社アイスタイル 入社。人事部門責任者として、人材採用/制度構築/人材開発/IPO審査対応/労務管理体制の整備などの人事関連業務に従事する。
2008年5月株式会社カオナビ 設立 代表取締役社長 就任。人事業務コンサルタントとして、クライアントの人事制度の策定/業務フローの整備、人事システムの導入などを支援する。
2012年4月カオナビ事業を本格開始。顔写真を切り口とした人材データベース「カオナビ」を開発し、クラウドサービスとして提供を開始する。
2019年3月東京証券取引所マザーズ市場へ上場。
柳橋仁機(カオナビ創業者)の「コトバ」
小学生の頃からプログラミングをやっていたので、システムをつくること自体はできましたし、それなりに自信がありました。だからプロダクトも、すぐにできると思っていたんです。ただ、どんなに複雑なシステムを作ることができても、それを“商品”にできるかどうかはまた別の話なんですよね。起業して、それを嫌というほど痛感しました。
優秀な人間はどんどん評価されて、能力が低ければ脱落するしかない。それは当然のことなのかもしれません。でもそれなら“企業の役割”とは一体何なのかと、ふと疑問に思ったんです。
企業として、なにかひとつの商品やサービスが軸にあれば、一人ひとりの能力に合わせてさまざまな役割を担ってもらうことができます。個人の能力によって極端な差がつくことなく、社員全員が相応の給料をもらい、安定した生活を送れること。それを実現することこそが企業としての役割であり、社会的意義も高いのではないかと思っていたんです。
2社目に勤めた会社は経営者との距離が近く、自社サービスをゼロからはじめることの楽しさややりがいを、目の前で体感できたのも大きかったですね。それを間近で見ているうち、勝手に“自分はゼロからはじめたことがないコンプレックス”を抱くようになってしまって(笑)自分もドラマチックな体験をしたい、起業してプロダクトビジネスをやりたい、と考えるようになりました。
社員の顔と名前が一致しない。人事情報の一元管理ができていない……。そうしたクライアントの悩みを聞きながら、多くの会社が同様の課題を抱えて困っていることを知ったんです。そこで直感的に、これは人材マネジメントシステムとして商品化できるのではないかと感じました。
サイバーエージェント様より顔写真と名前を並べられる仕組みを持ったデータベースが欲しいとの依頼を受けたことが始まりです。その際、この仕組みが人材マネジメントに有効だと伺い、私自身興味を持ち商品化しました。
ロビン・ダンバー教授(イギリスの人類学者)によれば、人間が顔や名前を記憶できるのは150人が限界だそうですが、実際従業員100名前後の企業からのお問合せは多いです。業界としては規模拡大中のIT業界や店舗型の小売・外食からの引き合いが多いですね。その他、海外展開を志すメーカーが社内の優秀人材の顔写真を並べて、グローバル人材の選抜に使うケースも増えています。
欧米はリンクトインやフェイスブックが浸透しているイメージがありますね。一方、日本ではそれほどでもない。これは、私の中では大きなキーファクターです。日本では、プライバシーや情報漏洩の問題があり、SNSを会社で使う発想がなく、まずは社内人事システムを構えようとします。そのため、私たちは人事データベースという枠組みの中でカオナビを販売しています。一方で、使いやすさやUI、アプリケーションの構造などは、フェイスブックやリンクトインを大いに参考にして開発しています。
何十社回ってもダメだったのに……最初はからかわれているんじゃないか、と思うくらい一瞬のことでした。運よく、自分たちのプロダクトを理解してくれる担当者に出会えたことに感謝しましたね。
そのときはじめて、今まで“自分”を主語に商品を語っていたことに気づきました。考えてみれば当たり前のことなのですが、相手がどう使うものなのか、その人にとってどんな利便性があるかを伝えないといけないんですよね。
冷静に売上や利益を分析してみたところ、いつの間にか黒字転換していたことがわかったんです。そのときは本当にうれしかったですね。そしてこのプロダクトなら大丈夫、自分たちがやってきたことは間違っていなかったんだと確信することができました。
事業の成長が見えはじめた今、何より大切なのは、社長が自分の価値観を押しつけようと躍起にならないこと。現場の細かいことは首を突っ込むところと社員に任せることの見極めが必要だと思っています。会社というのは、いわば行き先が自由なバスと同じ。目的地を明確に決める必要はないんです。乗客である社員たちに任せていれば、遊園地でも海岸でも、きっとどこへでもたどりつけます。私にとって重要なのは目的地より、みんなが楽しく働きやすいバスにすることですから。
徹底的にこだわったコンセプトを打ち出していることです。「タレントマネジメントシステム」の領域でコンペになることはありますが、その際、私たちは出来るだけ比較されぬよう顔と名前を並べることが大事だ、というシンプルなコンセプトを前面に押し出すようにしています。いろいろな意見はあると思うのですが、私は「技術・機能」は真似されやすいものだと思っています。ソフトウェアはコードをコピーすることが出来ますし、そもそもオープンソースをベースに開発を行っているので。だからこそ、そうではない部分、例えば創業のきっかけとなるコンセプトや製品を市場のニーズに合わせていくスピードこそが、他社に真似できない高い価値を有しているのだと思っています。
人事情報が人事部でしか使われていないのはもったいないというのが元々の問題意識でした。給与や家族など機微に触れる情報は人事部の中で閉じて管理するものですが、保有する資格やキャリアに関する情報を顔写真にひもづけて利用すべきだと考えました。人事部も社長も、現場の営業部長も使えますし、クラウドサービスなので出先でも参照できるようにというのが基本コンセプトです。社員の間で使っていただくケースも増えてきました。
「シンプルに、必要なことだけをやる」ということですね。ITの世界は今、多機能だけれども初めての人は何から行うべきか分からないというツールが多く、複雑化しすぎていると感じています。だからこそ、シンプルに必要なことだけを実現し、お客様を複雑さから解放したいと思っています。
人を型にはめないことです。私が新卒で入社した会社は上の指示が絶対だったので、私自身は強いトップダウンに慣れているのですが、それは無理のある考え方なんだということを前職では感じていました。当人が望まぬこと、不得手なことを指示するのではなく、適性を考えた人事を行うよう心がけています。
右肩上がりだった頃は労働力も豊富で、適性を考えて配置せずとも会社は成長できましたが、その前提が崩れた今、経営者は新たな人事のやり方を模索していると思います。現在日本はGDP世界第3位ですが、一人当たりで換算するとOECD加盟34か国中20位。ヨーロッパ諸国に比べ低いのです。これは、日本はまだまだ頭数で勝負している国だということを意味します。しかし今後人口が減り、産業が製造業からサービス業へのシフトが進み、一人ひとりの働きが一層重要になると通用しなくなってしまいます。だからこそ、生産性・適性を考慮した人事が今トレンドですし、今後も継続すると予想しています。
人事サービスのプラットフォーマーになることです。『カオナビ』の事業プランを練る時、セールスフォースを参考にしました。同じクラウド型のB to Bのプロダクトということもありますが、セールスフォースが“顧客情報のプラットフォーマー”だったからです。セールスフォースは、ユーザーに顧客情報の箱を提供しているわけです。セールスフォースには顧客情報が登録されますが、そこに顧客情報があるから、ユーザーは請求管理もやりたくなるし、顧客情報を分析するダッシュボードも欲しくなる。セールスフォースは、それらを提供するサードパーティーを募り、ユーザーが活用できる機会を提供しています。私は、その人事サービス版をやりたいと考えています。『カオナビ』に人材データベースがあれば、そこで研修の履歴管理をやりたい、e-ラーニングの研修そのものも提供したい、評価制度も運営したいというニーズが派生するでしょう。現にそうしたニーズが寄せられています。そのニーズに答えていくことで人事サービスのプラットフォーマーとして、あらゆるサービスや機能とつながって可能性を広げ、 企業の人事課題を解決できるようになりたいと考えています。
仕事とは、自分の得意なことで他者に貢献することだと思います。歌が上手な歌手が歌ってこそ聴く人は心地よいのですから、得意なことでなければ貢献はできないでしょう。また、他者に貢献することも仕事には不可欠です。医者は医療技術で患者を治すことが仕事ではありません。患者を治して幸せにすることが仕事だと思います。プロ野球選手はホームランを打つことではなく、ホームランを打って観客を喜ばすことが仕事です。つまり、他者を喜ばせることがなければなりません。他者のためでないものは“作業”であって“仕事”ではないということです。さらに、社会の一員であるならば誰かに貢献しなければ、意味がありませんよね。
そもそも、従来の価値観を作り変え、大企業ではやっていないようなことをやる、というのがベンチャービジネスの価値であり醍醐味です。ベンチャー経営者の仕事は、新しい価値観を人に伝え理解してもらうために『論理』を作り出すこと。人材マネジメントシステムをどういう論理で普及させていくかということ自体にも頭を使いましたが、それは働き方に対しても同じです。ベンチャーをやっていても早く帰るのは良いことなんだ、という既存の価値観とは異なる主張をするための論理を考えていくことも、自分の仕事だと考えました。
欧米では幼少期からディベートの訓練をしており、『ちゃんと聞く、ちゃんと言う。』ことが当たり前になっていますが、日本人は『議論=軋轢』と捉えてしまい、気を遣って言いたいことが言えない人が多い。その結果、会社の課題が放置されてしまい、長時間労働にもつながってしまいます。北欧では、少ない人口なのにも関わらず高い生産性を保っています。それは、きちんと議論して合意形成を図っているのではないでしょうか。カオナビも、労働力に頼らず、ディスカッションやデザインで勝負できるような北欧型の会社にしていきたいと考えています。
当時は自分の仕事に対して上司から『なぜこれをやったのか』と徹底的に聞かれました。上司から命じられた仕事でもしつこく聞かれたのを覚えています。誰かに言われたまま何も考えずに仕事をするのではなく、きちんと背景まで理解して取り組んでいるかということが問われていたのだと思います。自分の中ではこうした考え方は癖づいていますが、そうでない社会人も多いのではないかと感じています。カオナビの使命は、仕組みを作ること。そのためには、お客さまからの要望を鵜呑みにするのではなく、『なぜ?』を考え、仕組みに還元していかなければなりません。
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