南場智子(DeNA創業者)の「大切な」言葉たち~南場智子(DeNA創業者)の名言・人生・生き方など~

南場智子(DeNA創業者)の「大切な」言葉たち

私はコンサルタント出身ということもあり、ロジカルに物事を考えることを長く教育されてきたので、すべての意思決定はロジカルです。だから、コンサルタントを長くすればするほど経営者に向かないでしょうね。社長に求められる資質は胆力ですから。コンサルタントは胆力が磨かれる仕事ではありません。パッションにロジックが勝ってしまう。

社内に高学歴の人が多くなってきましたが、リスクもあります。解答欄があって正解を言い当てて褒められることに慣れている人を間違って採用すると、ベンチャーは解答欄がない世界なので通用しません。

私がマッキンゼーで学んだことにそれほどの深みはなかった。いや、正直に言ってしまえば、それは表層的なもので、学問と呼べるほど体系だったものではなかった。にもかかわらず、マッキンゼーのコンサルタントが世間で重宝されているのはなぜか。それはひとえに、彼らの物言いが格好いいからである。

「どうしてみんながこのように活動しているのか」「そもそもこの常識はなぜ生まれ、いつから通用しているのか」その原点を深く理解すれば、「これって古くない?」「うちの会社にとって本当にベストなやり方なの?」とこれまで自明に見えていた常識を疑うことができます。そして疑うことができれば、初めて冷静に代替案を議論できるようにもなります。

米ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得しましたが、マッキンゼーへ戻って早々に、退職を考えていました。プロジェクトがうまくいかず、「この職業は向いてない」と思ったんです。そんなある日、お世話になっている上司から、別件のプロジェクトを手伝うことを頼まれ、退職前の最後の仕事にするつもりで取り組みました。すると、初めて伸び伸びとした気持ちで働けた。なぜなら、退職を決めていたので、「成果を出す」という点に意識を向けられたからでしょう。それまでは、「自分は仕事がデキるのか」という点を気にしていた。それで自分は仕事がデキていないと思っていて、肩に力が入っていたんです。

要職に就くということはその責任からして大変なことです。男性も物凄い競争を経て、苦労して、やっと要職に就けるのですから、女性も上にいくからには、その苦労を、激務を、ちゃんと経験してほしいと思います。

リーダーの条件は2つ。ひとつは戦略の方向性を最終的に決断する力。ここを目指すという目指し所を定める決断力です。もうひとつは、チームをまとめてそこに向かう力を最大化する。

事業リーダーにとって、「正しい選択肢を選ぶ」ことは当然重要だが、それと同等以上に「選んだ選択肢を正しくする」ということが重要となる。

今まで高学歴で順調にやってきた人がビジネスの世界でも上手くいくとは限りません。逆に失敗を重ねて、それを乗り越えてきた人の方が活躍することもあります。エネルギー量の大きな人じゃないとビジネスの世界では簡単に潰れてしまうんです。ですから仕事に振り回されるような人ではなく、仕事を振り回すような人が新規事業の立ち上げには必要です。

新規事業がいったん実行段階に入ると、想像もしていなかったような壁が次々と現れます。もうそれこそ、1日に1000回くらい。さすがにやめたくなる。この壁を乗り越えるには、本気でこの事業をやりたいという強い想いが必要です。

ビジネスは正解のない世界です。受験勉強のように唯一絶対の正解なんてありません。正解を自分たちで創っていくのがビジネスです。

私は事業として永続する仕組みを考えることが好きなのです。医療や教育など社会の課題は多いですが、解決するためには事業が絡まなければ勢いもつきません。かかわった人が得する形ならパワーを持って、自律して回っていきます。そういう意味で、社会善に事業を絡めることに関心があります。

皆「間違わない」訓練を受けるうちに、正解を書いて丸をもらうことに一心不乱になっていきます。感動や驚きといった独自の考えを、広く他人に伝える訓練や経験をせずに大人になるわけです。感動を伝えられないから人を集められない。規格外のことに積極的に向かう姿勢が奨励されないので育まれない。だから優等生は、規格外の「私だけの」情熱を持ちにくくなる。

重要なことは、ひとつの問題について、自分なりの答えを見つけられるまで延々と考え続けること。それが深い学びにつながる。

さまざまな困難に逃げずに正面からしっかりと向き合っていく、乗り越えることに全力を尽くすということに意味がある。

失敗には2つあるというのが私の考えです。つまり、歴史的な大きな視座で見て、そこから学んで次の発展の礎となる失敗と、学ぶことをせず滅びてしまう失敗。

「自分の評価」や「周囲の評価」を気にしているのなら、仕事はうまく回らない。

子どもたちがただ答えを覚えることに時間を使って、考えることをしていないことに危機感を覚えています。私はいつも「非常識を大事にしよう」と言っているのですが、事業においても、まずその分野の常識を深く理解した上で、常識のままやることが自分たちにとってベストなのか、これでいいのかということを常に疑うようにしています。これは単なる癖の問題なんですが、できていない人が多すぎるんですね。それはやはり、正解を言い当てて丸をもらったときに、本当にその答えが丸なのかと疑うことを一切していないからです。すぐに次の問題にいって、さらに丸を獲得しにいくわけです。それを繰り返していくと「パブロフの犬」のように、答えを知っているオーソリティに丸をもらうことが正しいと考えるようになっていきます。そのまま社会に出ると上司の顔色ばかり伺う人になってしまうのですが、いまは上司が答えを持っているような時代じゃないわけです。みんなにとって初めての課題に直面した時に、考える力のポテンシャルが解き放たれているか、それともオーソリティの答えを言いあてるところにエネルギーを使うのかというところで、人間の価値というのは相当違ってきていて、自ら考える力を持っている人のバリューは非常に高いと思います。だから、私が理想とする教育は「考えさせる教育」だと思います。それと、何か物事を起こそうとする時に、1人でできることは限られています。ですので、大きなうねりを作っていく時には情熱で人を引っ張っていく必要があるのですが、そのパッションを人に共有することが得意な日本人が非常に少ないと感じています。なんとなく気恥ずかしいとか、斜に構えるとか、ちょっと様子が違う人がいると萎縮してしまうとか。それでは、大きなうねりを作ることは難しいので、そういったことも小さい頃から身につけさせるべきです。今の学習指導要領を少しずつ改善するというやり方を抜本的に変えて、ゼロベースでどんな人材を育てていきたいのかというところから作り直せばいいと思いますし、型にはめないでもっと自由に学ばせた方がいいと思いますね。

「永久ベンチャー」を標榜している私たちは、挑戦を諦めません。それをやめてしまったら、DeNAではなくなってしまう。そして、世の中に歓迎されて初めて挑戦を続けることができる。

日本の教育にすごく大きな問題意識を持っています。私はすごく日本が好きだし、日本人そのものは大いに肯定してるのですが、残念ながら足りないものがある。まずは、答えが一つと決まっていないときや、ゼロから何かをつくりあげることに弱いというところ。日本人は常識もあるし、計算も速い。つまり、「答えが一つ」であることに対してはとても上手に対応するし、レベルも高い。でも、突拍子もないものをゼロからつくりあげることは苦手だと思っています。「突拍子もなく」というのはネガティブな言葉にも思えるかもしれないですが、本当にゼロから何か新しいものをクリエイトするにはそういう側面が必要になります。ゼロからクリエイトする力は、生まれたときは同じようにみんな持っているはず。だけど、日本の今の教育のままだと、その力がだんだん減ってしまっていくような気がしています。だから、先生の持っている一つの答えを言い当てるとか、親が期待してる一つの答えを言い当てるとか、そういう方向づけはできるだけ減らしていきたい。そういう教育を受けて、できあがった若者はどんなときも正解を言い当てようとします。例えば、面接で「ほかに質問はありませんか?」と聞いたときでも、どういう質問をするのが「正解」なのかと考えるような癖ができてしまっている。残念ながら、この時代においてそういう感覚は邪魔になってしまいます。大量生産で高度成長していた時代には均質性というのが非常に尊ばれていました。それがわが国の力になっていたのですが、今はそういう時代じゃない。答えが一つではないところにおけるクリエイティビティということが重要になってくる。そして、もう二つ、大切な力があると思う。一つは、「感情を共有する力」と私は呼んでいますが、パッションです。自分の情熱を共有する力というのは、今の教育ではあまりトレーニングされていない。もう一つは、「文化の違う人たちとのコラボレーションをする力」。日本は多くの子どもたちが日本人だけがいる環境で育ちますよね。それって実は世界的に見れば珍しいことなのですが。その珍しさ自体にほとんど気づいていない。若者のグループワークを見ていても、国や宗教の違う人同士が組み合わされた中での日本人のコラボレーションする力は弱いなと思っています。この3つの力は、国の競争力にも、産業の競争力にも直結する重要なものだと思っています。それは人々の幸せにも直結する。

コンサルタントは選択肢を複数提示するのが当たり前ですが、経営者は「これ!」と決める力が求められる。簡単な話でいえば、例えば会社のロゴの色をどうしましょう?というような決断を求められたときに、「最近のトレンドだとこっちだが、あの色はこういう効果があって……」などと理論を述べることは、経営者には求められていない。むしろ「私はこの色が好きだからこれにしよう」っていう決断力が必要なのです。

マッキンゼー時代、上司に「南場さんは厳しすぎる。相手(部下)に逃げ道を作ってやるべき」と指摘されたことがあります。嫌だ、逃がしてどうする、と答えると、「ならば言いたいことをすべて言った後、最後にニコッと笑ってみてはどうか?」とアドバイスを受けました。若い頃は言われたことがよく分からなかったのですが、これは実行するとなかなか良い感じになります。人格を否定しているわけでもなく、その人が嫌いになったわけでもないのに、ガルルッと言いすぎると相手は全否定された気持ちになってしまいます。しかし最後に笑顔を送ることで、問題は「こと」であって、「ひと」ではない、ということが伝わるのでしょう。そして笑顔は人を遠ざけません。

DeNAを立ち上げたばかりのときのことです。あろうことかサービス開始が迫った時点でシステムが全くできていなかったという大事件がありました。ほうほうのていで帰宅し、寝ている夫に「詐欺に遭った」とつぶやくと、夫はガバッと起きて、冷静に対処法を指南してくれました。そして「「詐欺に遭った」なんて間抜けなことは言うな。社長は最大の責任者、加害者だ。なのに被害者のような言い方をしたら誰もついてこなくなるぞ」と檄を飛ばしたのです。

2年間の夫との闘病生活は、それまでに体験したこともない苦しみや悲しみを突き付けられた日々でした。けれども、いくつかの大事な拾い物をした気もしています。そのひとつが、家族の大切さに改めて気づいたこと。私に仕事をこんなに頑張らせてくれたのは、家族が許してくれたからだと今まで以上に感謝するようになりました。また、家庭より仕事が大事なんて人はめったにいなくて、みんな家族が一番大事なんだということが、自分目身が家族優先になってみて、心底わかりました。

一般的に、日本人は「人に迷惑をかけるな」と言われて育ちます。でも、時には会社の仲間や社会に迷惑をかけたって、頼ったっていいではありませんか。迷惑をかけたら、あとで、できるときに他の人を助けてあげればいい。むしろ、お互いに迷惑をかけあうことで、コミュニティの絆がタイトになると感じます。

「持ち物」って、大きい価値ではないと思っています。先日、ある大学生から、自分の座右の書は内村鑑三の『後世への最大遺物』だ、と言われて、読んでみたら、とてもしっくりきました。この本は、一人の人間が後の世に何を遺せるかについて語っています。そして誰でも遺すことができ、かつ最大の遺物が、「高尚な生涯」だというんですね。高尚な生涯とは、苦しい状況になったとき、つまりドツボにはまったときに、諦めず腐らず、ずっとひたむきに前向きに進んでいく勇気ある人生です。これを「生き様」と呼んでいます。

質のいい非常識さを持ち、誰かを批判するのではなく課題に集中している人を見ると、私はとても清々しい気持ちになります。そして、そんな姿勢を持つ人がチームの中に一人でもいればこそ、ひとつの目的を必ず達成するんだという雰囲気も高まっていくものです。

伝統的な日本の幸せのイメージだけでは危ないし、その通りに生きていたら、自分や自分の愛する人を守れない時代になっている。でも、それをポジティブに考えて、過去に囚われず、人生の選択をして欲しい。

人生の目標や目指すべき人生って、ひとつじゃないと思うんです。だから能動的に、積極的に、怖がらずに、自分の幸せを定義して欲しい。

人も運も暗より明へ、寒より暖へ集まる。世の中には優秀な人はたくさんいるけれど、大きな「うねり」を作り出せる人は、優秀なだけでなく、人柄に大きさやおかしみがあるのではないでしょうか。

南場智子(DeNA創業者)とは?(人生・生き方・プロフィール・略歴など)

南場智子。

1962年生まれ、新潟県新潟市出身。

石油卸売業経営者であった厳格な父の下に育てられ、新潟県立新潟高等学校を卒業。

津田塾大学学芸学部英文学科に進学し卒業した。

大学4年次には成績1位の学生に与えられる奨学金で、姉妹校のブリンマー大学(セブン・シスターズの一角)に1年間留学。

数学が得意で、経済学を専攻して高成績で修めたため、経済学者になる道も考え。

1986年マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン入社。

1988年マッキンゼー日本支社を退職し、ハーバード・ビジネス・スクールに入学。

1990年ハーバード大学でMBAを取得。

1996年34歳でマッキンゼー日本支社のパートナー(役員)に就任。日本人女性としては歴代3人目のパートナー就任であった。

1999年株式会社ディー・エヌ・エー設立、代表取締役に就任。

ビッダーズ (インターネットオークション) のサービス開始。

2004年モバオク(携帯電話専用オークションサイト)のサービスを開始。

2005年東証マザーズに上場

2006年携帯電話専用ゲームサイト「モバゲータウン」(現・モバゲー)を開始

2007年東京証券取引所市場第一部に指定替え。

2011年プロ野球・横浜ベイスターズ買収「横浜DeNAベイスターズ」が誕生。

2011年癌療養中の夫の看病に力を注ぐため、ディー・エヌ・エー代表取締役兼CEO退任、代表権のない取締役となる。

2015年春田真の後任としてディー・エヌ・エー取締役会長並びにNPB・横浜DeNAベイスターズオーナーに就任。

2017年3月ディー・エヌ・エーのキュレーション事業問題に関する第三者委員会の報告を受け、代表取締役に復帰し守安功最高経営責任者(CEO)との2人体制に。

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